言志四録 / 南洲手抄
易是性字註脚。詩是情字註脚。書是心字註脚。
書き下し
易は是れ性の字の註脚なり。詩は是れ情の字の註脚なり。書は是れ心の字の註脚なり。
現代語訳
『易経』は「性」という一字の注釈である。『詩経』は「情」という一字の注釈である。『書経』は「心」という一字の注釈である。
解説
三つの経書の本質を、それぞれ一字に凝縮した鮮やかな一条です。変化の理法を説く『易経』は人の「性(本性)」を解き明かす注釈、詩歌を集めた『詩経』は人の「情(感情)」を映す注釈、政治の記録たる『書経』は人の「心(治める心)」を示す注釈だ、と。膨大な古典を、性・情・心というたった一字に要約してみせる手際に、一斎の読みの深さがうかがえます。大部の書物も、その核心を一語で言い当てられれば本当に理解したことになる。読書や学びで「要するに何か」を掴む力の大切さを、身をもって示す一条です。
この章句が説くこと
易詩書性情心要約古典
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