言志四録 / 南洲手抄
濁水亦水也。一澄則爲清水。客氣亦氣也。一轉則爲正氣。逐客工夫、只是克己、只是復禮。
新字:濁水亦水也。一澄則為清水。客気亦気也。一転則為正気。逐客工夫、只是克己、只是復礼。
書き下し
濁水も亦水なり、一澄すれば則ち清水となる。客気も亦気なり、一転すれば則ち正気となる。客を逐ふの工夫は、只是れ己に克つなり、只是れ礼に復るなり。
現代語訳
濁った水もまた水である。ひとたび澄めば清らかな水になる。よそから来た邪な気(客気)もまた気である。ひとたび転じれば正しい気になる。この客気を追い払う工夫とは、つまり自分の私欲に克つこと(克己)であり、礼に立ち返ること(復礼)にほかならない。
解説
邪念や邪気を、消し去るのではなく「転じる」ものとしてとらえた一条です。濁り水も澄めば清水になるように、外から来た邪な気(客気)も、転換すれば正しい気になる。つまり悪しきものを敵として排除するのでなく、同じエネルギーの向きを変えるのだ、と説きます。その工夫が、孔子の「克己復礼」——私欲に克ち、礼に立ち返ること。感情や欲を抑圧して敵視しがちな私たちに、それらは否定すべきものではなく、方向を変えて活かせるものだと教えます。怒りや欲望のエネルギーを転じる、前向きな修養観を示す一条です。
この章句が説くこと
克己復礼客気転化修養
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