言志四録 / 南洲手抄
自彊不息時候、心地光光明明、有何妄念游思、有何嬰累罣想。
書き下し
自ら彊めて息まざる時候は、心地光光明明にして、何の妄念游思有らん、何の嬰累罣想有らん。
現代語訳
自ら努めてやまないでいるときは、心はきらきらと明るく澄みわたり、いったいどこに妄念や散漫な思いがあろうか、どこに世俗のわずらわしい思いがあろうか。
解説
前条の「自彊不息」がもたらす心の状態を描いた一条です。たゆまず努め、何かに全力で打ち込んでいるとき、心は「光光明明」——きらきらと明るく澄みわたり、雑念や俗事のわずらわしさが入り込む隙がない、というのです。二十三番の「志が立てば邪念は退く」とも響き合います。雑念を消そうと格闘するより、なすべきことに没頭すること。集中し努力しているそのさなかこそ、心が最も澄んでいる——これは現代の「フロー(没入)」の感覚にも通じます。心を整える最良の方法は、手を動かし打ち込むことだと教えてくれる一条です。
この章句が説くこと
自彊不息没入心の澄明雑念