言志四録 / 南洲手抄
君子自慊、小人自欺。君子自彊、小人自棄。上達下達、落在一自字。
書き下し
君子は自ら慊くし、小人は自ら欺く。君子は自ら彊め、小人は自ら棄つ。上達と下達とは、一の自の字に落在す。
現代語訳
君子は自ら(心に)満ち足り、小人は自らを欺く。君子は自ら努め励み、小人は自らを見捨てる。向上するか堕落するかは、すべて「自」の一字にかかっている。
解説
君子と小人を分けるものを、「自」の一字に集約した一条です。君子は自ら心に恥じないよう満ち足り(自慊)、自ら努め励む(自彊)。小人は自らを欺き(自欺)、自らを見捨てる(自棄)。向上(上達)も堕落(下達)も、環境や他人ではなく、すべて「自分」から始まる、というのです。自暴自棄の「自棄」も、自ら励む「自彊」も、根は同じ「自」。結局、人を伸ばすのも損なうのも自分自身だという、自己責任の思想が凝縮されています。うまくいかない原因を外に求めがちな私たちに、鍵は「自」にあると突き返す一条です。
この章句が説くこと
君子と小人自彊自欺自棄自己責任
関連する章句
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