言志四録 / 南洲手抄
發憤忘食、志氣如是。樂以忘憂、心體如是。不知老之將至、知命樂天如是。聖人與人不同、又與人不異。
新字:発憤忘食、志気如是。楽以忘憂、心体如是。不知老之将至、知命楽天如是。聖人与人不同、又与人不異。
書き下し
憤を発して食を忘る、志気是の如し。楽んで以て憂を忘る、心体是の如し。老の将に至らんとするを知らず、命を知り天を楽しむもの是の如し。聖人は人と同じからず、又人と異ならず。
現代語訳
発憤して食事も忘れる、その志気はこのようだ。楽しんで憂いを忘れる、その心はこのようだ。老いが迫るのも気づかない、天命を知り天を楽しむ境地とはこのようだ。聖人は普通の人と同じではないが、また普通の人と違うのでもない。
解説
『論語』で孔子が自らを評した有名な言葉(発憤忘食、楽以忘憂、不知老之将至)を引き、聖人像を語った一条です。学問に発憤して食を忘れ、道を楽しんで憂いを忘れ、老いさえ気づかない——これが天命を知って天を楽しむ境地です。締めくくりの「聖人は人と同じからず、また人と異ならず」が絶妙で、聖人も同じ人間でありながら、その心の張りと楽しみ方が凡人とは違う、と言います。特別な才ではなく、志と楽しみの持ち方の違い。手の届かない聖人を、身近な目標へと引き寄せる一条です。
この章句が説くこと
発憤忘食楽天知命論語聖人
関連する章句
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伝習録・陳九川録「『憤りを発して食を忘る』は是れ聖人の志、此くの如し。真に已む時有ること無し。『楽しみて以て憂いを忘る』は是れ聖人の道、此くの如し。真に戚(うれ)うる時有ること無し。恐らくは必ずしも得ると得ざるとを云わざるべし」と。
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論語・述而篇葉公、孔子を子路に問う。子路答えず。子曰わく、女(なんじ)奚ぞ曰わざる。その人と為りや、憤を発して食を忘れ、楽しみて憂を忘れ、老の将に至らんとするを知らざるのみ。
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言志四録・南洲手抄聖人は強健病無き人の如し。賢人は摂生病を慎む人の如し。常人は虚羸病多き人の如し。
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言志四録・南洲手抄此の学は吾人一生の負担、当に斃れて後に已むべし。道固より窮り無し。堯舜の上、善尽くること無し。孔子学に志してより七十に至るまで、十年毎に自ら其の進む所有るを覚り、孜孜として自ら彊めて、老の将に至らんとするを知らず。仮し其をして耄を踰え期に至らしめば、則ち其の神明測られざること、想ふに当に何如たるべきぞや。凡そ孔子を学ぶ者は、宜しく孔子の志を以て志と為すべし。
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言志四録・南洲手抄賢者は歿するに臨み、理の当に然るべきを見て、以て分と為し、死を畏るるを恥ぢて、死を安んずるを希ふ、故に神気乱れず。又遺訓あり、以て聴を聳かすに足る。而かも其の聖人に及ばざるも亦此に在り。聖人は平生の言動一として訓に非ざるは無し。而して歿するに臨みて、未だ必ずしも遺訓を為らず。死生を視ること真に昼夜の如し、念を著くる所無し。
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