言志四録 / 南洲手抄
事君不忠非孝也、戰陳無勇非孝也。曾子孝子、其言如此。彼謂忠孝不兩全者、世俗之見也。
新字:事君不忠非孝也、戦陳無勇非孝也。曽子孝子、其言如此。彼謂忠孝不両全者、世俗之見也。
書き下し
君に事へて忠ならざるは孝に非ざるなり、戦陣に勇無きは孝に非ざるなりと。曾子は孝子なり、其の言此の如し。彼の忠孝両全せずと謂ふは、世俗の見なり。
現代語訳
主君に仕えて忠でないのは孝ではない、戦場で勇気がないのも孝ではない——曾子はこう言った。孝行の代表である曾子がこう言うのだ。世に「忠と孝は両立しない」と言うのは、俗人の浅い見方である。
解説
忠と孝は対立するという通念を、一斎が退けた一条です。親孝行の代表とされる曾子でさえ、「主君に忠でないのは親不孝、戦場で臆病なのも親不孝」と説いた——つまり真の孝は、家庭内にとどまらず、社会での忠や勇にまで貫かれる、というのです。忠孝が板挟みになるという発想自体が俗見だと一斎は言い切ります。私的な情愛と公的な責任を切り離さず、一つの誠として貫く。役割の衝突に悩みがちな私たちに、根が同じなら二つは矛盾しないという統合の視点を与えてくれる一条です。
この章句が説くこと
忠と孝曽子公私の統合世俗の見
関連する章句
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呂氏春秋・孝行③曾子曰く、「身は、父母の遺體なり。父母の遺體を行う、敢て敬せざらんや。居處莊ならざるは、孝に非ざるなり。君に事えて忠ならざるは、孝に非ざるなり。官に蒞みて敬ならざるは、孝に非ざるなり。朋友に篤からざるは、孝に非ざるなり。戰陳に勇無きは、孝に非ざるなり。五行遂げざれば、災い親に及ぶ。敢て敬せざらんや。」
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『孝経』士章第五父に事うるに資りて以て母に事うれば愛同じ。父に事うるに資りて以て君に事うれば敬同じ。故に母はその愛を取り、君はその敬を取る。これを兼ぬる者は父なり。故に孝を以て君に事うれば則ち忠、敬を以て長に事うれば則ち順。忠順失わず、以てその上に事え、然る後によくその禄位を保ちて、その祭祀を守る。けだし士の孝なり。詩に云う、『夙に興き夜に寐ね、爾の生まるる所を辱むる無かれ』と。
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荀子・大略篇曾子(そうし)曰く、「孝子(こうし)は言(げん)聞くべきを為(な)し、行(おこな)ひ見るべきを為す。言聞くべきを為すは、遠きを説(よろこ)ばしむる所以(ゆゑん)なり。行ひ見るべきを為すは、近きを説ばしむる所以なり。近き者説べば則ち親しみ、遠き者悦べば則ち附(つ)く。近きに親しまれて遠きを附かしむるは、孝子の道なり」と。
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『臣軌』卷上 至忠章故に親に事えて親の知る所と為らざるは、これ孝の未だ至らざるなり。君に事えて君の知る所と為らざるは、これ忠の未だ至らざるなり。古語に云う、「忠臣を求めんと欲せば、孝子の門より出づ」と。それ純孝の者に非ざれば、則ち大忠を立つる能わず。
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言志四録・南洲手抄物我一体は即ち是れ仁なり。我れ公情を執つて以て公事を行ふ、天下服せざる無し。治乱の機は公と不公とに在り。周子曰ふ、己に公なる者は人に公なりと。伊川又公理を以て仁の字を釈す。余姚も亦博愛を更めて公愛と為せり。并せ攷ふ可し。
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孔子家語・三恕子貢孔子に問いて曰わく、「子父の命に従うを孝とし、臣君の命に従うを貞とするか。奚ぞ疑わん。」孔子曰わく、「鄙しいかな賜、汝識らざるなり。昔者明王万乘の国、争臣七人有れば、則ち主過挙無し。千乘の国、争臣五人有れば、則ち社稷危からざるなり。百乘の家、争臣三人有れば、則ち禄位替わらず。父に争子有れば、無礼に陥らず。士に争友有れば、不義を行わず。故に子父の命に従うは、奚ぞ詎ぞ孝と為さん。臣君の命に従うは、奚ぞ詎ぞ貞と為さん。夫れ能く其の従う所を審らかにするを、之を孝と謂い、之を貞と謂うなり。」