伝習録 / 黄以方録
先生曰:「吾與諸公講『致知』、『格物』,日日是此,講一、二十年俱是如此。諸君聽吾言,實去用功;見吾講一番,自覺長進一番。否則只作一場話說,雖聽之亦何用?」
新字:先生曰:「吾与諸公講『致知』、『格物』,日日是此,講一、二十年俱是如此。諸君聴吾言,実去用功;見吾講一番,自覺長進一番。否則只作一場話説,雖聴之亦何用?」
書き下し
先生曰く、「吾、諸公と『致知』『格物』を講ずるに、日日、是れ此なり。講ずること一、二十年、倶に是れ此くの如し。諸君、吾が言を聴きて、実に去きて功を用いなば、吾が講ずること一番なるを見て、自ら一番を長進するを覚えん。否らずんば只だ一場の話説と作すのみ。之を聴くと雖も亦た何の用かあらん」と。
現代語訳
先生は言われた。「私が諸君と『致知』『格物』を講じるのは、毎日これだ。一、二十年講じても、みなこうだ。諸君が私の言葉を聴いて、実際に努力すれば、私が一度講じるたびに、一度分進歩するのを覚えるだろう。そうでなければ、ただの話に終わる。聴いても何の役に立とう」。
解説
同じことを、二十年言い続けている。それを聴く側が実行していれば、講義のたびに一度分進歩する。実行していなければ、毎回ただの話に終わる。差が出るのは、聴き方の巧拙ではないのです。
この章句が説くこと
諸君聴吾言実去用功見吾講一番自覚長進一番