伝習録 / 黄省曾録
「人有過,多於過上用功,就是補甑,其流必歸於文過。」
新字:「人有過,多於過上用功,就是補甑,其流必帰於文過。」
書き下し
「人に過ち有り。多く過ちの上に功を用うるは、就ち是れ甑(こしき)を補うなり。其の流は必ず過ちを文(かざ)るに帰す」と。
現代語訳
「人に過ちがある。多くは過ちの上に努力を用いる。それは割れた甑を繕うようなものだ。その流れは、必ず過ちを飾ることに帰する」。
解説
人は過ちを犯した時、その失敗を取り繕ったり、言い訳をしたりすることに多くのエネルギーを費やしてしまいがちです。しかし、この一節は、割れた器を繕うように、過ちの「後始末」ばかりに注力すると、かえって本質的な解決から遠ざかり、最終的には過ちを隠蔽しようとする方向へ流れていくと警告します。大切なのは、起きてしまった過ちそのものにこだわるのではなく、なぜその過ちが生まれたのか、その根本原因に目を向け、改善することです。
この章句が説くこと
多於過上用功就是補甑其流必帰於文過問題解決過ち
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