伝習録 / 黄省曾録
先生曰:「『烝烝乂不格姦』,本註說象已進於義,不至大為姦惡。舜徵庸後,象猶日以殺舜為事,何大姦惡如之!舜只是自進於乂,以乂薰烝,不去正他姦惡。凡文過揜慝,此是惡人常態,若要指摘他是非,反去激他惡性。舜初時致得象要殺己,亦是要象好的心太急,此就是舜之過處。經過來,乃知功夫只在自己,不去責人,所以致得『克諧』,此是舜動心忍性,增益不能處。古人言語,俱是自家經歷過來,所以說得親切。遺之後世,曲當人情;若非自家經過,如何得他許多苦心處?」
新字:先生曰:「『烝烝乂不格姦』,本註説象已進於義,不至大為姦悪。舜徴庸後,象猶日以殺舜為事,何大姦悪如之!舜只是自進於乂,以乂薫烝,不去正他姦悪。凡文過揜慝,此是悪人常態,若要指摘他是非,反去激他悪性。舜初時致得象要殺己,亦是要象好的心太急,此就是舜之過処。経過来,乃知功夫只在自己,不去責人,所以致得『克諧』,此是舜動心忍性,增益不能処。古人言語,俱是自家経歴過来,所以説得親切。遺之後世,曲当人情;若非自家経過,如何得他許多苦心処?」
書き下し
先生曰く、「『烝烝乂(じょうじょうがい)として姦に格(いた)らず』、本註に説く、象は已に義に進み、大いに姦悪を為すに至らずと。舜、徴庸せられし後、象は猶お日に舜を殺すを以て事と為す。何ぞ大姦悪、之に如かんや。舜は只だ是れ自ら乂に進み、乂を以て薫烝し、去きて他の姦悪を正さず。凡そ過ちを文(かざ)り慝(あく)を揜(おお)うは、此れは是れ悪人の常態なり。若し他の是非を指摘せんと要さば、反りて去きて他の悪性を激せん。舜、初時、象をして己を殺さんと要せしむるに致るも、亦た是れ象を好からしめんと要するの心、太だ急なり。此れ就ち是れ舜の過つ処なり。経過し来たりて、乃ち功夫は只だ自己に在り、去きて人を責めざるを知る。所以に『克く諧す』を致し得たり。此れは是れ舜の心を動かし性を忍び、能わざるを増益する処なり。古人の言語は、倶に是れ自家、経歴し過ぎ来たる。所以に説き得て親切なり。之を後世に遺し、曲(つぶ)さに人情に当たる。若し自家、経過するに非ずんば、如何ぞ他の許多の苦心の処を得んや」と。
現代語訳
先生は言われた。「『次第に善に進み、悪に至らなかった』を、注は、弟の象がすでに義に進み、大きな悪を為すに至らなかったと説く。しかし舜が登用された後も、象は毎日舜を殺すことを事としていた。これほどの大悪があろうか。舜はただ自ら善に進み、その善で薫らせただけで、象の悪を正そうとはしなかった。過ちを飾り悪を覆うのは、悪人の常だ。もし是非を指摘すれば、かえって悪い性質を刺激する。舜が初め、象に殺されそうになったのも、象を良くしたいという心が急すぎたからだ。それが舜の過ちだ。経験を通して、工夫は自分にあり、人を責めないと知った。だから調和できた。これが舜が心を動かし性を忍んで、できないことを増した所だ。古人の言葉は、みな自分が経験してきたものだ。だから切実に語れる。自分が経験していなければ、その苦心の所をどうして得られよう」。