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伝習録 / 黄省曾録

鄉人有父子訟獄,請訴於先生,侍者欲阻之,先生聽之。言不終辭,其父子相抱慟哭而去。柴鳴治人問曰:「先生何言,致伊感悔之速?」先生曰:「我言舜是世間大不孝的子,瞽瞍是世間大慈的父。」鳴冶愕然。請問。先生曰:「舜常自以為大不孝,所以能孝;瞽瞍常自以為大慈,所以不能慈。瞽瞍只記得舜是我提孩長的,今何不曾豫悅我?不知自心已為後妻所移了,尚謂自家能慈,所以愈不能慈。舜只思父提孩我時如何愛我,今日不愛,只是我不能盡孝。日思所以不能盡孝處,所以愈能孝。及至瞽瞍底豫時,又不過復得此心原慈的本體,所以後世稱舜是個古今大孝的子,瞽瞍亦做成個慈父。」

新字:鄉人有父子訟獄,請訴於先生,侍者欲阻之,先生聴之。言不終辞,其父子相抱慟哭而去。柴鳴治人問曰:「先生何言,致伊感悔之速?」先生曰:「我言舜是世間大不孝的子,瞽瞍是世間大慈的父。」鳴冶愕然。請問。先生曰:「舜常自以為大不孝,所以能孝;瞽瞍常自以為大慈,所以不能慈。瞽瞍只記得舜是我提孩長的,今何不曽予悅我?不知自心已為後妻所移了,尚謂自家能慈,所以愈不能慈。舜只思父提孩我時如何愛我,今日不愛,只是我不能尽孝。日思所以不能尽孝処,所以愈能孝。及至瞽瞍底予時,又不過復得此心原慈的本体,所以後世称舜是個古今大孝的子,瞽瞍亦做成個慈父。」

書き下し

郷人に父子の獄を訟うる者有り。訴えを先生に請う。侍者、之を阻まんと欲す。先生、之を聴く。言、辞を終えざるに、其の父子、相い抱きて慟哭して去る。柴鳴治、人問いて曰く、「先生、何をか言いて、伊(かれ)が感悔の速やかなるを致すか」と。先生曰く、「我、舜は是れ世間の大不孝の子、瞽瞍は是れ世間の大慈の父なりと言えり」と。鳴治、愕然たり。問わんことを請う。先生曰く、「舜は常に自ら以て大不孝と為す。所以に能く孝なり。瞽瞍は常に自ら以て大慈と為す。所以に慈なる能わず。瞽瞍は只だ舜は是れ我が提孩して長ぜしめたるを記得す。今、何ぞ曾て我を予悦せざるかと。自らの心の已に後妻の為に移されたるを知らず。尚お自家、能く慈なりと謂う。所以に愈々慈なる能わず。舜は只だ父の我を提孩せし時、如何に我を愛せしかを思う。今日、愛せざるは、只だ是れ我、孝を尽くす能わざるなりと。日々に孝を尽くす能わざる処を思う。所以に愈々能く孝なり。瞽瞍、豫(よろこ)びを底(いた)す時に至るに及びては、又た此の心の原と慈なるの本体を復し得るに過ぎず。所以に後世、舜を称して是れ古今の大孝の子と為し、瞽瞍も亦た個の慈父と做し成れり」と。

現代語訳

村人に、父子で訴訟をする者がいた。先生に訴えを聞いてほしいと言う。侍者は止めようとしたが、先生は聞かれた。言葉が終わらぬうちに、父子は抱き合って泣きながら去った。柴鳴治が「先生は何を言われて、これほど速く悔いさせたのですか」と問うた。先生は「私は、舜は世間で最も不孝な子であり、瞽瞍は世間で最も慈しみ深い父だ、と言った」と言われた。鳴治は驚いて尋ねた。先生は言われた。「舜は常に自分を大不孝だと思った。だから孝行できた。瞽瞍は常に自分を大慈だと思った。だから慈しめなかった。瞽瞍は、舜を自分が抱いて育てたことだけを覚えていて、なぜ今は自分を喜ばせないのかと思う。自分の心が後妻に移されたことに気づかない。それでも自分は慈しみ深いと思う。だから、ますます慈しめない。舜は、父が自分を抱いてくれた時どれほど愛してくれたかを思う。今日愛されないのは、自分が孝を尽くせないからだと思う。日々、孝を尽くせない所を思う。だから、ますます孝行できた」。

解説

人間関係のトラブルや対立に直面した時、私たちはつい相手を責めたり、自分の正当性を主張したりしがちです。しかし、この一節は、問題解決の鍵が「自分自身の内面を見つめ直すこと」にあると教えてくれます。相手の欠点を探すのではなく、自分に何か至らない点はなかったか、もっとできたことはなかったかと自問すること。自分を省みることで、相手への見方が変わり、頑なだった心が解きほぐされることがあります。相手を変えようとするのではなく、まず自分自身が変わることで、関係性は大きく改善するでしょう。

この章句が説くこと

舜常自以為大不孝所以能孝瞽瞍常自以為大慈所以不能慈

この一句を、あなたの毎日に。

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