伝習録 / 黄省曾録
一友問:「欲於靜坐時將好名,好色、好貨等根,逐一搜尋,掃除廓清,恐是剜肉做瘡否?」先生正色曰:「這是我醫人的方子,真是去得人病根,更有大本事人,過了十數年,亦還用得著。你如不用,且放起,不要作壞我的方子!」是友愧謝。少間,曰:「此量非你事,必吾們稍知意思者為此說以誤汝。」在坐者皆悚然。
新字:一友問:「欲於静坐時将好名,好色、好貨等根,逐一捜尋,掃除廓清,恐是剜肉做瘡否?」先生正色曰:「這是我医人的方子,真是去得人病根,更有大本事人,過了十数年,亦還用得著。你如不用,且放起,不要作壊我的方子!」是友愧謝。少間,曰:「此量非你事,必吾們稍知意思者為此説以誤汝。」在坐者皆悚然。
書き下し
一友問う、「静坐の時に於て、好名・好色・好貨等の根を将(も)って、逐一に捜尋し、掃除廓清せんと欲す。恐らくは是れ肉を剜(えぐ)りて瘡を做すならんや」と。先生、色を正して曰く、「這れは是れ我の人を医するの方子なり。真に是れ人の病根を去り得たり。更に大本事の人有りて、十数年を過ぐるも、亦た還た用い得著(つ)く。你、如し用いずんば、且く放ち起こせ。我の方子を作壊するを要せざれ」と。是の友、愧じて謝す。少間、曰く、「此の量、你の事に非ず。必ず吾們の稍(やや)意思を知る者、此の説を為して以て汝を誤るならん」と。座に在る者、皆な悚然たり。
現代語訳
ある友人が問うた。「静坐の時に、名誉欲・色欲・財欲などの根を一つずつ探し出して、掃き清めようとします。これは肉を抉って傷を作るようなものではないでしょうか」。先生は顔色を正して言われた。「これは私が人を治療する処方だ。まことに人の病根を除ける。もっと大きな器の人でも、十数年経ってなお使える。君が使わないなら、置いておけ。私の処方を壊してくれるな」。その友人は恥じて謝った。しばらくして先生は「この考えは君のものではあるまい。私たちの中の、少し分かったつもりの者が、こう言って君を誤らせたのだろう」と言われた。座にいた者はみな身を震わせた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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伝習録・陸澄録孟源に自ら是とし名を好むの病有り。先生屢々之を責む。一日、警責して方に已む。一友、日来の工夫を自陳して正を請う。源、傍らより曰く、「此れ方に是れ源が旧時の家当を尋ね著けたり」と。先生曰く、「爾の病、又た発せり」と。源、色を変じ、議擬して辯ずる所有らんと欲す。先生曰く、「爾の病、又た発せり」と。因りて之に喩して曰く、「此れ是れ汝が一生の大病根なり。譬えば方丈の地内の如きに、此の一大樹を種うれば、雨露の滋、土脈の力、只だ這個の大根を滋養し得るのみ。四傍に縦(たと)い些かの嘉穀を種えんと要するも、上面は此の樹葉の遮覆する所と被り、下面は此の樹根の盤結する所と被る。如何ぞ生長し得て成らんや。須らく此の樹を伐り去りて、繊根も留むる勿くして、方に嘉種を種植すべし。然らずんば、汝が耕耘培壅するに任すも、只だ是れ此の根を滋養し得るのみ」と。
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伝習録・黄省曾録一友、静坐して見る有り。馳せて先生に問う。答えて曰く、「吾、昔、滁に居る時、諸生の多く知解・口耳の異同を務め、得るに益無きを見る。姑(しばら)く之に静坐を教う。一時、光景を窺見し、頗る近効を収む。之を久しくして漸く静を喜び動を厭い、枯槁に流入するの病有り。或いは務めて玄解妙覚を為し、人の聴聞を動かす。故に邇来、只だ『良知を致す』を説く。良知、明白ならば、你が静処に去きて体悟するに随うも也(また)好し。你が事上に去きて磨錬するに随うも也た好し。良知の本体は原と是れ動無く静無き的なり。此れ便ち是れ学問の頭脳なり。我の這個の話頭は、滁州より今に到るまで、亦た較過すること幾番ぞ。只だ是れ『致良知』の三字のみ病無し。医は肱を折るを経て、方に能く人の病理を察す」と。
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伝習録・陸澄録一日、学を為すの工夫を論ず。先生曰く、「人に学を為すを教うるに、一偏に執るべからず。初学の時は、心猿意馬、拴縛して定まらず。其の思慮する所は、多く是れ『人欲』の一辺なり。故に且く之に静坐し思慮を息(や)むるを教う。之を久しくして、其の心意の稍(やや)定まるを俟つ。只だ懸空に静守すること、槁木死灰の如くんば、亦た用無し。須らく他に省察克治を教うべし。省察克治の功は、則ち時として間(へだ)つべき無し。盗賊を去るが如く、須らく個の掃除廓清の意有るべし。無事の時、好色・好貨・好名等の私を将(もっ)て、逐一に追究搜尋し出し来たれ。定めて病根を抜き去り、永く復た起こらざらんことを要して、方に始めて快と為す。常に猫の鼠を捕うるが如く、一眼看著し、一耳聴著す。纔かに一念の萌動有らば、即ち与に克ち去る。斬釘截鉄、姑容すべからず。他に方便を与うべからず。窩蔵すべからず。他を放ちて路を出ださしむべからず。方に是れ真実に功を用うるなり。方に能く掃除廓清す。私の克つべき無きを得るに到らば、自ら端拱の時在る有り。『何をか思い何をか慮らん』と曰うと雖も、初学の時の事に非ず。初学は必ず須らく思うべし。省察克治は即ち是れ誠を思うなり。只だ一個の天理を思い、天理の純全なるを得るに到らば、便ち是れ『何をか思い何をか慮らん』なり」と。
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