伝習録 / 黄省曾録
又曰:「良知在夜氣發的方是本體,以其無物欲之雜也。學者要使事物紛擾之時,常如夜氣一般,就是『通乎晝夜之道而知』。」
新字:又曰:「良知在夜気発的方是本体,以其無物欲之雑也。學者要使事物紛擾之時,常如夜気一般,就是『通乎昼夜之道而知』。」
書き下し
又た曰く、「良知の夜気に発する的は方に是れ本体なり。其の物欲の雑わり無きを以てなり。学者は事物紛擾の時をして、常に夜気の一般の如くならしめんことを要す。就ち是れ『昼夜の道に通じて知る』なり」と。
現代語訳
また言われた。「良知が夜気の中に現れるものが、本体だ。物欲の混じりがないからだ。学ぶ者は、事物が入り乱れる時も、常に夜気のようであるようにせよ。それが『昼夜の道に通じて知る』ことだ」。
解説
夜明け前の澄んだ気の中では、物欲の混じりがなく、良知が濁りなく現れる。その状態を、雑事に追われる昼にも保てるか。特別な時間だけの清らかさを、日常の只中に持ち込めるかどうかが問われているのです。
この章句が説くこと
学者要使事物紛擾之時常如夜気一般