伝習録 / 黄省曾録
又曰:「功夫不是透得這個真機,如何得他充實光輝?若能透得時:不由你聰明知解接得來;須胸中渣滓渾化,不使有毫髮沾帶始得。」
新字:又曰:「功夫不是透得這個真機,如何得他充実光輝?若能透得時:不由你聰明知解接得来;須胸中渣滓渾化,不使有毫髪沾帯始得。」
書き下し
又た曰く、「功夫、是れ這個の真機を透り得ずんば、如何ぞ他の充実光輝なるを得んや。若し能く透り得る時は、你の聡明知解に由りて接し得来たらず。須らく胸中の渣滓、渾化して、毫髪も沾帯有らしめずして始めて得べし」と。
現代語訳
また言われた。「工夫がこの真の働きを透り抜けなければ、どうして充実して輝くことができよう。もし透り抜けられれば、それは聡明さや知解によって受け取れるものではない。胸の中の澱がすっかり溶けて、毛筋ほども残らないようにして、初めて得られる」。
解説
真の理解や境地は、単なる知識や頭の良さでは到達できない、と王陽明は言います。大切なのは「胸の中の澱がすっかり溶けて、毛筋ほども残らないようにする」こと。これは、偏見や固定観念、エゴといった心の曇りを徹底的に取り除く作業を指します。表面的な情報やスキルをいくら身につけても、心の奥底に濁りがあれば、物事の本質は見えてきません。純粋な心で向き合うことこそが、真の洞察や創造性を生み出す土台となります。
この章句が説くこと
不由你聡明知解接得来須胸中渣滓渾化