伝習録 / 黄修易録
先生一日出遊禹穴,顧田間禾曰:「能幾何時,又如此長了!」范兆期在傍曰:「此只是有根。學問能自植根,亦不患無長。」先生曰:「人孰無根?良知即是天植靈根,自生生不息;但著了私累,把此根戕賊蔽塞,不得發生耳。」
新字:先生一日出遊禹穴,顧田間禾曰:「能幾何時,又如此長了!」范兆期在傍曰:「此只是有根。學問能自植根,亦不患無長。」先生曰:「人孰無根?良知即是天植靈根,自生生不息;但著了私累,把此根戕賊蔽塞,不得発生耳。」
書き下し
先生、一日、出でて禹穴に遊ぶ。田間の禾を顧みて曰く、「能く幾何の時ぞ。又た此くの如く長ぜり」と。范兆期、傍らに在りて曰く、「此れ只だ是れ根有り。学問、能く自ら根を植えば、亦た長ずる無きを患えず」と。先生曰く、「人、孰か根無からん。良知は即ち是れ天の植えたる霊根なり。自ら生生して息まず。但だ私累を著け、此の根を戕賊蔽塞せば、発生するを得ざるのみ」と。
現代語訳
先生がある日、禹穴に遊びに出かけた。田の稲を見て「どれほどの時間か。またこんなに伸びた」と言われた。范兆期が傍らで「これは根があるからです。学問も自ら根を植えれば、伸びないことを心配しません」と言った。先生は「誰に根がないだろう。良知が、天の植えた霊妙な根だ。自ずと生じてやまない。ただ私の累を着けて、この根を傷つけ塞げば、生えてこないだけだ」と言われた。
解説
「根を植えれば」という弟子の言葉を、「誰に根がないだろう」と訂正します。植えるのではなく、すでにある。伸びないのは、根がないからではなく、塞いでいるからなのです。
この章句が説くこと
人孰無根良知即是天植霊根自生生不息