伝習録 / 黄修易録
先生曰:「吾教人『致良知』在『格物』上用功,卻是有根本的學問。日長進一日,愈久愈覺精明。世儒教人事事物物上去尋討,卻是無根本的學問。方其壯時,雖暫能外面修飾,不見有過;老則精神衰邁,終須放倒。譬如無根之樹,移栽水邊,雖暫時鮮好,終久要憔悴。」
新字:先生曰:「吾教人『致良知』在『格物』上用功,却是有根本的学問。日長進一日,愈久愈覚精明。世儒教人事事物物上去尋討,却是無根本的学問。方其壮時,雖暫能外面修飾,不見有過;老則精神衰邁,終須放倒。譬如無根之樹,移栽水辺,雖暫時鮮好,終久要憔悴。」
書き下し
先生曰く、「吾、人に『良知を致す』を教うるは『格物』の上に功を用う。却って是れ根本有るの学問なり。日に一日を長進し、愈々久しければ愈々精明なるを覚ゆ。世儒の人に事事物物の上に去きて尋討するを教うるは、却って是れ根本無きの学問なり。其の壮なる時に方(あた)りて、暫くは能く外面を修飾し、過ち有るを見ずと雖も、老ゆれば則ち精神、衰邁して、終に須らく放倒すべし。譬えば根無きの樹を、水辺に移栽すれば、暫時は鮮好なりと雖も、終久は憔悴せんことを要するが如し」と。
現代語訳
先生は言われた。「私が人に『良知を致す』ことを教え、『格物』の上で努力させるのは、根本のある学問だ。日に日に進み、久しいほど精しく明らかになる。世の儒者が、事物ごとに尋ね求めさせるのは、根本のない学問だ。若い時は外面を飾って、過ちが見えないでいられるが、老いれば精神が衰えて、結局は倒れる。根のない木を水辺に移し植えれば、しばらくは瑞々しくとも、いずれ枯れるようなものだ」。
解説
若いうちは、表面的な知識やスキルを身につけるだけで、一時的にうまくいくように見えることがあります。しかし、それは「根のない木を水辺に植え、しばらくは瑞々しく見える」ようなものだと指摘されています。根本的な学びや内面の成長がなければ、年齢を重ね、困難に直面した時に、その脆さが露呈してしまうでしょう。目先の成果にとらわれず、時間をかけて内面にしっかりとした「根」を張ることこそが、長く持続する力となるのです。
この章句が説くこと
譬如無根之樹移栽水辺雖暫時鮮好終久要憔悴根本主体性学問
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