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伝習録 / 陳九川録

「『發憤忘食』是聖人之志如此,真無有已時。『樂以忘憂』是聖人之道如此,真無有戚時。恐不必云得不得也。」

新字:「『発憤忘食』是聖人之志如此,真無有已時。『楽以忘憂』是聖人之道如此,真無有戚時。恐不必云得不得也。」

書き下し

「『憤りを発して食を忘る』は是れ聖人の志、此くの如し。真に已む時有ること無し。『楽しみて以て憂いを忘る』は是れ聖人の道、此くの如し。真に戚(うれ)うる時有ること無し。恐らくは必ずしも得ると得ざるとを云わざるべし」と。

現代語訳

「『発憤して食を忘れる』とは、聖人の志がこうだということだ。本当にやむ時がない。『楽しんで憂いを忘れる』とは、聖人の道がこうだということだ。本当に憂える時がない。得たとか得ないとかを言う必要はないだろう」。

解説

「発憤して食を忘れ、楽しんで憂いを忘れる」という孔子の自己描写を、境地に達したかどうかの話ではなく、そういうあり方なのだと読みます。発憤も楽しみも、達成の指標ではない。やむ時のない、持続する状態そのものなのです。

この章句が説くこと

恐不必云得不得也

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

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