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伝習録 / 訓蒙大意

故凡誘之歌詩者,非但發其志意而已,亦所以洩其跳號呼嘯於詠歌,宣其幽抑結滯於音節也;導之習禮者,非但肅其威儀而已,亦所以周旋揖讓而動蕩其血脈,拜起屈伸而固束其筋骸也;諷之讀書者,非但開其知覺而已,亦所以沈潛反復而存其心,抑揚諷誦以宣其志也;凡此皆所以順導其志意,調理其性情,潛消其鄙吝,默化其麤頑,日使之漸於禮義而不苦其難,入於中和而不知其故,是蓋先王立教之微意也。

新字:故凡誘之歌詩者,非但発其志意而已,亦所以洩其跳号呼嘯於詠歌,宣其幽抑結滞於音節也;導之習礼者,非但粛其威儀而已,亦所以周旋揖譲而動蕩其血脈,拝起屈伸而固束其筋骸也;諷之読書者,非但開其知覺而已,亦所以沈潜反復而存其心,抑揚諷誦以宣其志也;凡此皆所以順導其志意,調理其性情,潜消其鄙吝,黙化其麤頑,日使之漸於礼義而不苦其難,入於中和而不知其故,是蓋先王立教之微意也。

書き下し

故に凡そ之を歌詩に誘う者は、但だ其の志意を発するのみに非ず。亦た其の跳號呼嘯を詠歌に洩らし、其の幽抑結滞を音節に宣ぶる所以なり。之を習礼に導く者は、但だ其の威儀を粛しくするのみに非ず。亦た周旋揖譲して其の血脈を動蕩し、拝起屈伸して其の筋骸を固束する所以なり。之を読書に諷する者は、但だ其の知覚を開くのみに非ず。亦た沈潜反復して其の心を存し、抑揚諷誦して以て其の志を宣ぶる所以なり。凡そ此れ皆な其の志意を順導し、其の性情を調理し、其の鄙吝を潜消し、其の麤頑を黙化し、日に之をして礼義に漸(すす)ましめて其の難きを苦しめず、中和に入らしめて其の故を知らざらしむる所以なり。是れ蓋し先王の教えを立つるの微意なり。

現代語訳

だから詩を歌わせるのは、志を起こすだけでない。跳ね回り叫びたい気持ちを歌に漏らし、鬱屈を音節に伸ばすためだ。礼を習わせるのは、振る舞いを整えるだけでない。立ち居振る舞いで血脈を動かし、屈伸で筋骨を鍛えるためだ。書を読ませるのは、知覚を開くだけでない。深く沈み繰り返して心を保ち、抑揚をつけて誦して志を伸ばすためだ。これらはみな、志を導き、性情を調え、卑しさを消し、粗さを変え、日々に礼義に進ませて難しさに苦しませず、中和に入らせてその理由を知らせないためだ。これが先王が教えを立てた微妙な意図だ。

解説

詩は感情の発散、礼は身体の鍛錬、読書は志の伸長。それぞれが二重の働きを持つ。表向きの目的の裏に、もっと重要な機能がある。「その理由を知らせない」まま、育っていくのです。

この章句が説くこと

日使之漸於礼義而不苦其難入於中和而不知其故

この一句を、あなたの毎日に。

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