伝習録 / 答聶文蔚 二
得書,見近來所學之驟進,喜慰不可言。諦視數過,其間雖亦有一二未瑩徹處,卻是致良知之功尚未純熟,到純熟時自無此矣。譬之驅車,既已由於康莊大道之中,或時橫斜迂曲者,乃馬性未調,銜勒不齊之故,然已只在康莊大道中,決不賺入傍蹊曲徑矣。近時海內同志,到此地位者曾末多見,喜慰不可言,斯道之幸也!賤軀舊有咳嗽畏熱之病,近入炎方,輒復大作。主上聖明洞察,責付甚重,不敢遽辭;地力軍務冗沓,皆輿疾從事。今卻幸已平定,已具本乞回養病,得在林下稍就清涼,或可瘳耳。人還,伏枕草草,不盡傾企。外惟濬一簡幸達致之。來書所詢,草草奉復一二。近歲來山中講學者,往往多說「勿忘、勿助」工夫甚難。問之,則云:「才著意,便是助;才不著意,便是忘;所以甚難。」區區因問之云:「忘是忘個甚麼?助是助個甚麼?」其人默然無對,始請問。區區因與說,我此間講學,卻只說個「必有事焉」,不說「勿忘、勿助」。「必有事焉」者,只是時時去「集義」。若時時去用「必有事」的工夫,而或有時間斷,此便是忘了,即須「勿忘」。時時去用「必有事」的工夫,而或有時欲速求效,此便是助了,則須「勿助」。其工夫全在「必有事焉」上用,「勿忘、勿助」只就其間提撕警覺而已。若是工夫原不間斷,即不須更說「勿忘」;原不欲速求效,即不須更說「勿助」。此其工夫何等明白簡易?何等灑脫自在?今卻不去「必有事」上用工,而乃懸空守著一個「勿忘、勿助」;此正如燒鍋煮飯,鍋內不曾漬水下米,而乃專去添柴放火,不知畢竟煮出個甚麼物來?吾恐火候未及調停,而鍋已先破裂矣。近日一種專在「勿忘、勿助」上用工者,其病正是如此。終日懸空去做個「勿忘」,又懸空去做「勿助」;漭漭蕩蕩,全無實落下手處;究竟工夫,只做得個沈空守寂,學成一個癡騃漢。才遇些子事來,即便牽滯紛擾,不復能經綸宰制。此皆有志之士,而乃使之勞苦纏縛,擔閣一生,皆由學術誤人之故,甚可憫矣!夫「必有事焉」只是「集義」,「集義」只是「致良知」。說「集義」,則一時未見頭惱;說「致良知」,即當下便有實地步可用工。故區區專說「致良知」,隨時就事上致其良知,便是「格物」;著實去致良知,便是「誠意」;著實致其良知,而無一毫「意」、「必」、「固」、「我」,便是「正心」。著實「致良知」,則自無「忘」之病;無一毫「意」、「必」、「固」、「我」,則自無「助」之病。故說「格、致、誠、正」,則不必更說個「忘、助」。孟子說「忘」、「助」,亦就告子得病處立方。告子強制其心,是「助」的病痛,故孟子專說助長之害。告子助長,亦是他以義為外,不知就自心上「集義」,在「必有事焉」上用功,是以如此。若時時刻刻就自心上「集義」,則良知之體洞然明白,自然是是非非纖毫莫遁,又焉有「不得於言,勿求於心;不得於心,勿求於氣」之弊乎?孟子「集義」、「養氣」之說,固大有功於後學,然亦是因病立方,說得大段;不若《大學》「格、致、誠、正」之功,尤極精一簡易,為徹上徹下,萬世無弊者也。
新字:得書,見近来所学之驟進,喜慰不可言。諦視数過,其間雖亦有一二未瑩徹処,却是致良知之功尚未純熟,到純熟時自無此矣。譬之駆車,既已由於康荘大道之中,或時横斜迂曲者,乃馬性未調,銜勒不斉之故,然已只在康荘大道中,決不賺入傍蹊曲径矣。近時海内同志,到此地位者曽末多見,喜慰不可言,斯道之幸也!賤躯旧有咳嗽畏熱之病,近入炎方,輒復大作。主上聖明洞察,責付甚重,不敢遽辞;地力軍務冗沓,皆輿疾従事。今却幸已平定,已具本乞回養病,得在林下稍就清涼,或可瘳耳。人還,伏枕草草,不尽傾企。外惟濬一簡幸達致之。来書所詢,草草奉復一二。近歳来山中講学者,往往多説「勿忘、勿助」工夫甚難。問之,則云:「才著意,便是助;才不著意,便是忘;所以甚難。」区区因問之云:「忘是忘個甚麼?助是助個甚麼?」其人黙然無対,始請問。区区因与説,我此間講学,却只説個「必有事焉」,不説「勿忘、勿助」。「必有事焉」者,只是時時去「集義」。若時時去用「必有事」的工夫,而或有時間断,此便是忘了,即須「勿忘」。時時去用「必有事」的工夫,而或有時欲速求効,此便是助了,則須「勿助」。其工夫全在「必有事焉」上用,「勿忘、勿助」只就其間提撕警覚而已。若是工夫原不間断,即不須更説「勿忘」;原不欲速求効,即不須更説「勿助」。此其工夫何等明白簡易?何等灑脱自在?今却不去「必有事」上用工,而乃懸空守著一個「勿忘、勿助」;此正如焼鍋煮飯,鍋内不曽漬水下米,而乃専去添柴放火,不知畢竟煮出個甚麼物来?吾恐火候未及調停,而鍋已先破裂矣。近日一種専在「勿忘、勿助」上用工者,其病正是如此。終日懸空去做個「勿忘」,又懸空去做「勿助」;漭漭蕩蕩,全無実落下手処;究竟工夫,只做得個沈空守寂,学成一個痴騃漢。才遇些子事来,即便牽滞紛擾,不復能経綸宰制。此皆有志之士,而乃使之労苦纏縛,担閣一生,皆由学術誤人之故,甚可憫矣!夫「必有事焉」只是「集義」,「集義」只是「致良知」。説「集義」,則一時未見頭悩;説「致良知」,即当下便有実地歩可用工。故区区専説「致良知」,随時就事上致其良知,便是「格物」;著実去致良知,便是「誠意」;著実致其良知,而無一毫「意」、「必」、「固」、「我」,便是「正心」。著実「致良知」,則自無「忘」之病;無一毫「意」、「必」、「固」、「我」,則自無「助」之病。故説「格、致、誠、正」,則不必更説個「忘、助」。孟子説「忘」、「助」,亦就告子得病処立方。告子強制其心,是「助」的病痛,故孟子専説助長之害。告子助長,亦是他以義為外,不知就自心上「集義」,在「必有事焉」上用功,是以如此。若時時刻刻就自心上「集義」,則良知之体洞然明白,自然是是非非繊毫莫遁,又焉有「不得於言,勿求於心;不得於心,勿求於気」之弊乎?孟子「集義」、「養気」之説,固大有功於後学,然亦是因病立方,説得大段;不若《大学》「格、致、誠、正」之功,尤極精一簡易,為徹上徹下,万世無弊者也。
書き下し
書を得たり。近来の学ぶ所の驟かに進むを見る。喜慰、言うべからず。諦視すること数過。其の間、亦た一二の未だ瑩徹ならざる処有りと雖も、却って是れ致良知の功、尚お未だ純熟せず。純熟の時に到らば自ら此れ無からん。之を車を駆るに譬うれば、既に已に康荘の大道の中に由る。或いは時に横斜迂曲なる者は、乃ち馬性の未だ調わず、銜勒の斉しからざるの故なり。然れども已に只だ康荘の大道の中に在り。決して傍蹊曲径に賺入せざらん。近時、海内の同志、此の地位に到る者は曾て多くは見ず。喜慰、言うべからず。斯の道の幸いなり。賤躯は旧より咳嗽・畏熱の病有り。近ごろ炎方に入り、輒ち復た大いに作(おこ)る。主上、聖明にして洞察し、責付、甚だ重し。敢えて遽かに辞せず。地力・軍務は冗沓、皆な疾を輿(の)せて事に従う。今、却って幸いに已に平定す。已に本を具えて回りて病を養わんことを乞う。林下に在りて稍(やや)清涼に就くを得ば、或いは瘳(い)ゆべきのみ。人、還る。枕に伏して草草、傾企を尽くさず。外に惟濬に一簡、幸いに之を達致せよ。来書の詢う所、草草に一二を奉復す。近歳来、山中に講学する者、往往にして多く「忘るる勿かれ、助くる勿かれ」の工夫は甚だ難しと説く。之を問えば、則ち云う、「才かに意を著くれば、便ち是れ助なり。才かに意を著けざれば、便ち是れ忘なり。所以に甚だ難し」と。区区、因りて之に問いて云う、「忘とは個の甚麼(なに)を忘るるぞ。助とは個の甚麼を助くるぞ」と。其の人、黙然として対うる無く、始めて問わんことを請う。区区、因りて与に説く。我、此の間に講学するに、却って只だ個の「必ず事とすること有り」を説き、「忘るる勿かれ、助くる勿かれ」を説かず。「必ず事とすること有り」とは、只だ是れ時時に「義を集む」に去く。若し時時に「必ず事とすること有り」の工夫を用いて、或いは時に間断有らば、此れ便ち是れ忘れたるなり。即ち須らく「忘るる勿かれ」なるべし。時時に「必ず事とすること有り」の工夫を用いて、或いは時に速やかならんことを欲し効を求むれば、此れ便ち是れ助けたるなり。則ち須らく「助くる勿かれ」なるべし。其の工夫は全く「必ず事とすること有り」の上に在りて用う。「忘るる勿かれ、助くる勿かれ」は只だ其の間に就きて提撕警覚するのみ。若し是れ工夫、原と間断せずんば、即ち更に「忘るる勿かれ」を説くを須いず。原と速やかならんことを欲し効を求めずんば、即ち更に「助くる勿かれ」を説くを須いず。此れ其の工夫は何等か明白簡易なる。何等か灑脱自在なる。今、却って「必ず事とすること有り」の上に去きて工を用いずして、乃ち懸空に一個の「忘るる勿かれ、助くる勿かれ」を守著す。此れ正に鍋を焼きて飯を煮るが如し。鍋の内に曾て水を漬け米を下さずして、乃ち専ら去きて柴を添え火を放つ。知らず、畢竟、個の甚麼の物をか煮出ださんや。吾は恐る、火候の未だ調停に及ばずして、鍋は已に先ず破裂せんことを。近日、一種、専ら「忘るる勿かれ、助くる勿かれ」の上に工を用うる者、其の病は正に是くの如し。終日、懸空に去きて個の「忘るる勿かれ」を做し、又た懸空に去きて「助くる勿かれ」を做す。漭漭蕩蕩として、全く実落の手を下す処無し。究竟の工夫は、只だ個の空に沈み寂を守るを做し得て、学びて一個の癡騃漢を成す。才かに些子の事の来たるに遇えば、即便ち牽滞紛擾して、復た経綸宰制する能わず。此れ皆な志有るの士にして、乃ち之をして労苦纏縛し、一生を担閣せしむ。皆な学術の人を誤るの故に由る。甚だ憫れむべし。夫れ「必ず事とすること有り」は只だ是れ「義を集む」。「義を集む」は只だ是れ「良知を致す」。「義を集む」と説けば、則ち一時、未だ頭脳を見ず。「良知を致す」と説けば、即ち当下、便ち実地の歩の工を用うべき有り。故に区区、専ら「良知を致す」を説く。時に随い事に就きて其の良知を致す。便ち是れ「格物」なり。着実に去きて良知を致す。便ち是れ「誠意」なり。着実に其の良知を致して、一毫の「意」「必」「固」「我」無し。便ち是れ「正心」なり。着実に「良知を致さ」ば、則ち自ら「忘」の病無し。一毫の「意」「必」「固」「我」無くんば、則ち自ら「助」の病無し。故に「格・致・誠・正」を説かば、則ち更に個の「忘・助」を説くを必とせず。孟子の「忘」「助」を説くも、亦た告子の病を得たる処に就きて方を立つ。告子は其の心を強制す。是れ「助」の病痛なり。故に孟子は専ら助長の害を説く。告子の助長も、亦た是れ他、義を以て外と為し、自らの心の上に就きて「義を集む」るを知らず、「必ず事とすること有り」の上に功を用いず。是を以て此くの如し。若し時時刻刻、自らの心の上に就きて「義を集め」ば、則ち良知の体は洞然として明白、自然に是は是、非は非、纖毫も遁るる莫し。又た焉くんぞ「言に得ずんば、心に求むる勿かれ。心に得ずんば、気に求むる勿かれ」の弊有らんや。孟子の「義を集む」「気を養う」の説は、固より大いに後学に功有り。然れども亦た是れ病に因りて方を立て、説き得ること大段なり。『大学』の「格・致・誠・正」の功の、尤も精一簡易にして、上を徹し下を徹し、万世に弊無き者に若かざるなり。
現代語訳
手紙をいただき、近ごろの学問が急に進んだのを知って、喜びは言葉にできない。何度も見返した。まだ澄み切らない所も一、二あるが、致良知の功がまだ熟していないだけで、熟せば自ずとなくなる。車を駆るのに譬えれば、すでに大通りを走っている。時に斜めに逸れるのは、馬がまだ調教されず、手綱が揃わないからだ。しかしすでに大通りにいる。決して脇道には入るまい。近ごろ、山中で講学する者が「忘れず、助けない」工夫は難しいとよく言う。問えば「少しでも意を着ければ助、着けなければ忘。だから難しい」と言う。私は問うた。「忘とは何を忘れるのか。助とは何を助けるのか」。その人は黙って答えられなかった。私はこう説いた。私はここで「必ず事とすることがある」だけを説き、「忘れず、助けない」は説かない。「必ず事とすることがある」とは、常に「義を集める」ことだ。常にその工夫を用いて、時に途切れれば、それが忘だ。だから「忘れるな」。常にその工夫を用いて、時に急いで効果を求めれば、それが助だ。だから「助けるな」。工夫はすべて「必ず事とすることがある」の上で用いる。「忘れず、助けない」は、その間に注意を促すだけだ。もともと途切れなければ「忘れるな」と言う必要はない。もともと急がなければ「助けるな」と言う必要はない。なんと明白で簡易か。なんと自在か。今、そこで努力せずに、空中で「忘れず、助けない」だけを守る。それは鍋を焼いて飯を煮るのに、水も米も入れずに、ひたすら薪を足して火を焚くようなものだ。いったい何が煮上がるのか。火加減が整う前に、鍋が先に割れるだろう。「必ず事とすることがある」は「義を集める」ことであり、「義を集める」は「良知を致す」ことだ。「義を集める」と言えば、要が見えない。「良知を致す」と言えば、すぐに実際に踏み出す場所がある。だから私はもっぱら「良知を致す」と説く。
解説
この章句が説くこと
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伝習録・答聶文蔚 二聖賢の学を論ずるは、多くは是れ時に随い事に就く。言は人ごとに殊なるが若しと雖も、而も其の工夫の頭脳を要するに、符節を合するが若し。天地の間に縁りて、原と只だ此の性有り、只だ此の理有り、只だ此の良知有り、只だ此の一件の事有るのみ。故に凡そ古人の学を論ずる処に就きて工夫を説かば、更に攙和兼搭して説くを必とせず。自然に脗合貫通せざる無き者なり。才かに攙和兼搭して説くを須いば、即ち是れ自己の工夫の未だ明徹ならざるなり。近時、「義を集む」の功は、必ず須らく個の「良知を致す」を兼搭して而る後に備わると謂う者有り。則ち是れ「義を集む」の功、尚お未だ了徹せざるなり。「義を集む」の功、尚お未だ了徹せずんば、適に以て「良知を致す」の累と為るに足るのみ。「良知を致す」の功は必ず須らく一個の「忘るる勿かれ、助くる勿かれ」を兼搭して而る後に明らかなりと謂わば、則ち是れ「良知を致す」の功、尚お未だ了徹せざるなり。「良知を致す」の功、尚お未だ了徹せずんば、適に以て「忘るる勿かれ、助くる勿かれ」の累と為るに足るのみ。此くの若き者は、皆な是れ文義の上に就きて解釈牽附し、以て混融湊泊を求めて、曾て自己の実工夫の上に就きて体験せず。是を以て之を論ずること愈々精にして、之を去ること愈々遠し。文蔚の論は、其の大本達道に於て既に已に沛然として疑い無し。「致知」「窮理」及び「忘・助」等の説に至りては、時に亦た攙和兼搭の処有り。却って是れ区区の所謂る康荘の大道の中に、或いは時に横斜迂曲なる者なり。工夫の熟するを得るの後に到らば、自ら将に釈然たらんとす。文蔚の「致知」の説を、之を親に事え兄に従うの間に求めて、便ち持循する所有るを覚ゆと謂うは、此の段、最も近来の真切篤実の功を見る。但だ此を以て自ら為すは妨げ無く、自ら力を得る処有り。此を以て遂に定説と為して人に教うれば、却って又た薬に因りて病を発するの患い有るを免れず。亦た一たび講ぜざるべからざるなり。
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伝習録・答欧陽崇一来書に又た云う、「師云う、『学を為すは終身、只だ是れ一事なり。事有ると事無きとを論ぜず、只だ是れ這の一件なり。若し寧ろ事を了せずとも、培養を加えざるべからずと説かば、却って是れ分ちて両事と為すなり』と。竊かに意う、精力の衰弱にして、以て事を終うるに足らざるを覚ゆる者は、良知なり。寧ろ事を了せずとも、且く休養を加うるは、致知なり。如何ぞ却って両事と為さんや。若し事変の来たり、事勢の了せざるを容れざる有りて、精力は衰うと雖も、稍(やや)鼓舞せば亦た能く支持せば、則ち志を持して以て気を帥(ひき)いて可なり。然れども言動、終に気力無く、事を畢(お)うれば則ち困憊已甚。其の気を暴(そこな)うに幾(ちか)からずや。此れ其の軽重緩急、良知は固より未だ嘗て知らずんばあらず。然れども或いは事勢に迫られば、安くんぞ能く精力を顧みん。或いは精力に困しめば、安くんぞ能く事勢を顧みん。如何にせば則ち可ならん」と。「寧ろ事を了せずとも、培養を加えざるべからず」の意は、且く初学と此くの如く説かば、亦た益無しと為さず。但だ両事と作して看了らば、便ち病痛の在る有り。孟子の「必ず事とすること有り」と言うは、則ち君子の学は終身、只だ是れ「義を集む」の一事なり。義とは、宜なり。心、其の宜を得るを之れ義と謂う。能く良知を致さば則ち心、其の宜を得たり。故に「義を集む」も亦た只だ是れ良知を致すなり。君子の万変に酬酢するや、行うべければ則ち行い、止むべければ則ち止み、生くべければ則ち生き、死すべければ則ち死す。斟酌調停、其の良知を致し、以て自ら慊(あきた)るを求むるに非ざる無きのみ。故に「君子は其の位に素して行う」「思うこと其の位を出でず」。凡そ其の力の及ばざる所を謀りて、其の知の能わざる所を強うる者は、皆な致良知と為すを得ず。而して凡そ「其の筋骨を労し、其の体膚を餓えしめ、其の身を空乏にし、行い其の為す所を払乱し、心を動かし性を忍びて以て其の能わざる所を増益す」る者は、皆な其の良知を致す所以なり。若し寧ろ事を了せずとも、培養を加えざるべからずと云う者は、亦た是れ先ず功利の心有り、成敗利鈍を計較して其の間に愛憎取捨するなり。是を以て事を了するを将(も)って自ら一事と作し、而して培養は又た別に一事と作す。此れ便ち是れ内を是とし外を非とするの意有り。便ち是れ自ら私して智を用う。便ち是れ「義を外にす」。便ち「心に得ずんば気に求むる勿かれ」の病有り。便ち是れ良知を致して以て自ら慊るを求むるの功にあらざるなり。云う所の「鼓舞支持し、事を畢うれば則ち困憊已甚」、又た云う「事勢に迫られ、精力に困しむ」は、皆な是れ両事と作し做し了れり。所以に此れ有り。凡そ学問の功、一なれば則ち誠、二なれば則ち偽。凡そ此れ皆な是れ良知を致すの意、誠一真切なるを欠くの故なり。『大学』に言う、「其の意を誠にする者は、悪臭を悪むが如く、好色を好むが如し。此れを之れ自ら慊ると謂う」と。曾て悪臭を悪み、好色を好みて、須らく鼓舞支持すべき者有るを見んや。
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伝習録・答周道通書来書に云う、「事上に磨錬す。一日の内、事有ると事無きとを管せず、只だ一意に本原を培養す。若し事の来たりて感ずるに遇い、或いは自己に感有らば、心上に既に覚有り。安くんぞ事無しと謂うべけんや。但だ事に因りて心を凝らすこと一会(ひとしき)り、大段、事理の当に此くの如くなるべきを覚え得ば、只だ事無きが如く之に処し、吾が心を尽くすのみ。然れども乃ち処し得て善きと未だ善からざると有るは、何ぞや。又た或いは事の来たること多きを得ば、須らく次第に与に処すべし。毎に才力の足らざるに因り、輒ち困しむ所と為り、極力扶け起こすと雖も精神は已に衰弱するを覚ゆ。此に遇わば未だ十分に退省するを要するを免れず。寧ろ事を了せずとも、培養を加えざるべからず。如何」と。説く所の工夫は、道通の分上に就きても也(また)只だ是れ此くの如く用う。然れども未だ出入有るを免れざるに在り。凡そ人の学を為すは、終身、只だ這の一事を為す。少より老に至り、朝より暮に至るまで、事有ると事無きとを論ぜず、只だ是れ這の一件を做し得たり。所謂る「必ず事とすること有り」なる者なり。若し「寧ろ事を了せずとも、培養を加えざるべからず」と説かば、却って是れ尚お両事と為すなり。「必ず事とすること有りて忘るる勿かれ、助くる勿かれ」。事物の来たるに、但だ吾が心の良知を尽くして以て之に応ず。所謂る「忠恕は道を違(さ)ること遠からず」なり。凡そ処し得て善き有り、未だ善からざる有ると、及び困頓失次の患い有る者は、皆な是れ毀誉得喪に牽かれて、実に其の良知を致す能わざるのみ。若し能く実に其の良知を致さば、然る後に平日の所謂る善なる者も未だ必ずしも是れ善ならず、所謂る未だ善からざる者も却って恐らくは正に是れ毀誉得喪に牽かれて、自ら其の真知を賊(そこな)う者なるを見得ん。
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伝習録・答聶文蔚 二孟氏の「堯・舜の道は、孝弟のみ」とは、是れ人の良知の発見し得ること最も真切篤厚にして、蔽昧を容れざる処に就きて人を提省す。人に於て、君に事え、友に処し、民を仁とし、物を愛し、凡そ動静語黙の間に於て、皆な只だ是れ他の一念の親に事え兄に従うの真誠惻怛の良知を致さば、即ち自然に道に非ざる無し。蓋し天下の事は千変万化、窮詰すべからざるに至ると雖も、而も但だ惟だ此の親に事え兄に従う一念の真誠惻怛の良知を致して以て之に応ぜば、則ち更に遺缺滲漏有る者無し。正に其の只だ此の一個の良知有るを謂うが故なり。親に事え兄に従う一念の良知の外、更に良知の致し得べき者有る無し。故に曰く、「堯・舜の道は、孝弟のみ」と。此れ「惟れ精惟れ一」の学と為す所以にして、之を四海に放ちて皆な準じ、諸を後世に施して朝夕無き者なり。文蔚云う、「親に事え兄に従うの間に於て、所謂る良知の学を求めんと欲す」と。自己の工を用いて力を得る処に就きて此くの如く説くも、亦た不可なる無し。若し其の良知の真誠惻怛を致して以て夫の親に事え兄に従うの道を尽くさんことを求むと曰わば、亦た不可なる無きなり。明道云う、「仁を行うは孝・弟より始む。孝・弟は是れ仁の一事なり。之を仁を行うの本と謂わば則ち可なり。是れ仁の本なりと謂わば則ち不可なり」と。其の説、是なり。「億・逆・先覚」の説は、文蔚、「誠ならば則ち旁行曲防、皆な良知の用なり」と謂う。甚だ善し、甚だ善し。「心を尽くす」三節は、区区、曾て「生知・学知・困知」の説有り。頗る已に明白にして、疑うべき無き者なり。之を路を行くに譬うれば、心を尽くし天を知る者は、年力壮健の人の、既に能く数千百里の間に奔走往来する者の如きなり。心を存し天に事うる者は、童穉の年、之をして庭除の間に歩趨を学習せしむる者の如きなり。殀寿貳わず、身を修めて以て俟つ者は、襁抱の孩の、方に之を扶けて牆に傍い壁に傍いて、漸く起立移歩を学ぶ者の如きなり。既に已に能く数千里の間に奔走往来する者は、則ち更に之をして庭除の間に歩趨を学ばしむるを必とせず。既に已に能く庭除の間に歩趨せば、則ち更に之をして牆に扶り壁に傍いて起立移歩を学ばしむるを必とせず。然れども起立移歩を学ぶは、便ち是れ庭除に歩趨を学ぶの始めなり。庭除に歩趨を学ぶは、便ち是れ数千里に奔走往来するを学ぶの基なり。固より二事有るに非ず。但だ其の工夫の難易は則ち相い去ること懸絶なり。心なり、性なり、天なり、一なり。故に其の之を知り、功を成すに及びては則ち一なり。然り而して三者は人品力量、自ら階級有り。等を躐(こ)えて能くすべからざるなり。細かに文蔚の論を観るに、其の意は恐らくは心を尽くし天を知る者、存心・修身の功を廃却して、反りて心を尽くし天を知るの病と為らんことを以てす。是れ蓋し聖人の為に工夫の或いは間断せんことを憂えて、自己の為に工夫の未だ真切ならざるを憂うるを知らざるなり。吾儕の工を用うるは、却って須らく専心致志、殀寿貳わず、身を修めて以て俟つの上に在りて做すべし。只だ此れ便ち是れ心を尽くし天を知る工夫を做すの始めなり。正に起立移歩を学ぶは、便ち是れ千里に奔走するを学ぶの始めなるが如し。吾は方に自ら其の起立移歩する能わざるを慮る。而るに豈に遽かに其の千里に奔走する能わざるを慮らんや。又た況んや千里に奔走する者の為に其の或いは起立移歩の習に遺忘せんことを慮らんや。
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伝習録・黄以方録黄以方問う、「『博く文を学ぶ』は事に随いて此の天理を存するを学ぶと為す。然らば則ち『行いて余力有らば、則ち以て文を学ぶ』と謂うは、其の説、相い合わざるに似たり」と。先生曰く、「『詩』『書』・六芸は、皆な是れ天理の発見なり。文字は都て其の中に包まる。之を『詩』『書』・六芸に考うるは、皆な此の天理を存するを学ぶ所以なり。特に事為に発見する者のみ方に文と為すにあらず。『余力あらば文を学ぶ』も亦た只だ『博く文を学ぶ』中の事なり」と。或るひと「学びて思わず」の二句を問う。曰く、「此れも亦た為にする有りて言う。其の実、思うは即ち学なり。学びて疑う所有らば、便ち須らく之を思うべし。『思いて学ばず』とは、蓋し此等の人有り。只だ懸空に去きて思い、一の想個の道理を想い出ださんことを要す。却って身心の上に在りて実に其の力を用い、以て此の天理を存するを学ばず。思と学とを両事と作して做す。故に『罔(くら)し』と『殆(あや)うし』の病有り。其の実、思うは只だ是れ其の学ぶ所を思う。原と両事に非ざるなり」と。先生曰く、「先儒、『格物』を解して天下の物を格すと為す。天下の物、如何ぞ格し得んや。且つ一草一木も亦た皆な理有りと謂う。今、如何ぞ去きて格さんや。縦い草・木を格し得来たるも、如何ぞ反り来たりて自家の意を誠にし得んや。我、『格』を解して『正』の字の義と作し、『物』を『事』の字の義と作す。『大学』の所謂る『身』は、即ち耳・目・口・鼻・四肢、是なり。身を修めんと欲するは便ち是れ、目は礼に非ずんば視る勿かれ、耳は礼に非ずんば聴く勿かれ、口は礼に非ずんば言う勿かれ、四肢は礼に非ずんば動く勿かれ、と要するなり。這個の身を修めんことを要するに、身上に如何ぞ工夫を用い得んや。心なる者は、身の主宰なり。目は視ると雖も、而して視る所以の者は、心なり。耳は聴くと雖も、而して聴く所以の者は、心なり。口と四肢とは言い動くと雖も、而して言い動く所以の者は、心なり。故に身を修めんと欲するは自家の心体を体当し、常に廓然大公にして、些子も正しからざる処有る無からしむるに在り。主宰、一たび正しければ、則ち目に竅を発するも、自ら礼に非ざるの視る無く、耳に竅を発するも、自ら礼に非ざるの聴く無く、口と四肢とに竅を発するも、自ら礼に非ざるの言い動く無し。此れ便ち是れ身を修むるは其の心を正すに在るなり。然れども至善なる者は、心の本体なり。心の本体、那ぞ不善有らんや。如今、心を正さんと要するに、本体の上、何処にか功を用い得んや。必ず心の発動する処に就きて、纔(はじ)めて力を著くべきなり。心の発動は不善無き能わず。故に須らく此の処に就きて力を著くべし。便ち是れ『誠意』に在るなり。一念、善を好むに発せば、便ち実実落落として去きて善を好むが如し。一念、悪を悪むに発せば、便ち実実落落として去きて悪を悪む。意の発する所、既に誠ならざる無くんば、則ち其の本体、如何ぞ正しからざる的有らんや。故に其の心を正さんと欲するは意を誠にするに在り。工夫、誠意に到りて、始めて著落の処有り。然れども誠意の本は、又た知を致すに在るなり。所謂る『人、知らずと雖も、己の独り知る者』、此れ正に是れ吾が心の良知の処なり。然れども善を知り得て、却って這個の良知に依りて便ち做し去らず、不善を知り得て、却って這個の良知に依りて便ち去きて做さずんば、則ち這個の良知は便ち遮蔽し了る。是れ知を致す能わざるなり。吾が心の良知、既に擴充して底に到る能わずんば、則ち善は好むを知ると雖も、著実に好む能わず。悪は悪むを知ると雖も、著実に悪む能わず。如何ぞ意の誠なるを得んや。故に知を致すは、意の誠なるの本なり。然れども亦た是れ懸空の致知にあらず。知を致すは実事の上に在りて格す。意、善を為すに在らば、便ち這件の事の上に就きて去きて為し、意、悪を去るに在らば、便ち這件の事の上に就きて去きて為さざるが如し。悪を去るは固より是れ不正を格して以て正に帰す。善を為すは則ち不善、正されたり。亦た是れ不正を格して以て正に帰すなり。此くの如くんば、則ち吾が心の良知、私欲の蔽う無くして、以て其の極を致すを得たり。而して意の発する所、善を好み悪を去ること、誠ならざる有る無し。誠意の工夫の実に手を下す処は格物に在るなり。若し此くの如く物を格さば、人人、便ち做し得たり。人皆な以て堯・舜と為るべしとは、正に此に在るなり」と。
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伝習録・答周道通書呉・曾の両生至り、備さに道通の懇切に道を為すの意を道う。殊に相い念うを慰む。道通の若きは、真に篤信好学の者と謂うべし。憂病の中の会にて、両生と細論する能わず。然れども両生も亦た自ら志向有り。肯えて功を用うる者は、見る毎に輒ち進む有るを覚ゆ。区区に在りては誠に両生の遠来に負く無き能わず。両生に在りては則ち亦た庶幾(ちか)くは其の遠来の意に負く無からん。別に臨み、此の冊を以て道通の意を致し、数語を書せんことを請う。荒憒(こうかい)にして言うべき者無し。輒ち道通の来書中に問う所の数節を以て、略ぼ転語を下して奉酬す。草草にして殊に詳細ならず。両生も当に亦た自ら能く口悉すべきなり。来書に云う、「日用の工夫は只だ是れ『志を立つ』。近来、先生の誨言に於て時時に体験し、愈々益ます明白なり。然れども朋友に於て一時も相い離るる能わず。若し朋友の講習を得ば、則ち此の志は繞(めぐ)りて精健闊大にして、纔(はじ)めて生意有り。若し三五日、朋友の相い講ずるを得ずんば、便ち微弱なるを覚え、事に遏(あ)えば便ち困しむ会(べ)く、亦た時に忘るる会し。乃ち今、朋友の相い講ずるの日無くんば、還(な)お只だ静坐し、或いは書を看、或いは游衍経行す。凡そ目に寓し身を措くこと、悉く取りて以て此の志を培養す。頗る意思の和適なるを覚ゆ。然れども終に朋友の講聚して、精神流動し、生意の更に多きに如かざるなり。群を離れ索居するの人は、当に更に何の法有りて以て之に処すべきか」と。此の段は道通の日用の工夫の得る所を験するに足る。工夫の大略も亦た只だ是れ此くの如く用う。只だ間断無きを要す。純熟を得るの後に到らば、意思は又た自ら同じからざらん。大抵、吾人の学を為すに、緊要の大頭脳は、只だ是れ「志を立つ」なり。所謂る「困・忘」の病も、亦た只だ是れ志の真切を欠くなり。今、色を好むの人は、未だ嘗て困忘に病まず。只だ是れ一の真切なるのみ。自家の痛痒は、自家、須らく知り得るを会(よ)くすべく、自家、須らく搔摩し得るを会くすべし。既に自ら痛痒を知り得ば、自家、須らく搔摩し得ざる能わざるべし。仏家は之を「方便法門」と謂う。須らく是れ自家、調停斟酌すべし。他人は総て与に力め難し。亦た更に別法の設くべき無きなり。
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