伝習録 / 答聶文蔚
咳疾暑毒,書札絕懶,盛使遠來,遲留經月,臨歧執筆,又不覺累紙,蓋於相知之深,雖已縷縷至此,殊覺有所未能盡也。
新字:咳疾暑毒,書札絶懶,盛使遠来,遅留経月,臨歧執筆,又不覚累紙,蓋於相知之深,雖已縷縷至此,殊覚有所未能尽也。
書き下し
咳疾暑毒、書札、絶えて懶し。盛使、遠く来たり、遅留すること月を経たり。岐に臨みて筆を執れば、又た覚えず紙を累ぬ。蓋し相知の深きに於て、已に縷縷として此に至ると雖も、殊に未だ尽くす能わざる所有るを覚ゆ。
現代語訳
咳の病と暑さの毒で、手紙を書くのがすっかり億劫になっていた。あなたの使いが遠く来て、一月も留まってくれた。別れ際に筆を執ると、また知らぬうちに紙を重ねてしまった。深く知り合った間柄だから、ここまでくどくどと述べても、なお尽くせないものがあると感じる。
解説
深く心を通わせた相手には、どれだけ言葉を尽くしても、伝えきれない思いが残るものです。この一節は、手紙のやり取りを通して、そのもどかしさと、それでも伝えようとする誠実な姿勢を描いています。現代においても、メールやメッセージで簡単に連絡が取れる時代だからこそ、本当に大切な人とのコミュニケーションでは、言葉の量や形式だけでなく、その背景にある「伝えたい」という気持ちそのものが、関係の深さを示すバロメーターになるでしょう。
この章句が説くこと
蓋於相知之深雖已縷縷至此殊覚有所未能尽也人間関係
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