伝習録 / 答聶文蔚
昔者孔子之在當時,有議其為諂者,有譏其為佞者,有毀其未賢,詆其為不知禮,而侮之以為東家丘者,有嫉而沮之者,有惡而欲殺之者,晨門、荷蕢之徒,皆當時之賢士,且曰:「是知其不可而為之者歟?」「鄙哉硜硜乎!莫己知也,斯已而已矣。」雖子路在升堂之列,尚不能無疑於其所見,不悅於其所欲往,而且以之為迂,則當時之不信夫子者,豈特十之二三而已乎?然而夫子汲汲遑遑若求亡子於道路,而不暇於煖席者,寧以蘄人之知我、信我而已哉?蓋其天地萬物一體之仁,疾痛迫切,雖欲已之而自有所不容已。故其言曰:「吾非斯人之徒與而誰與?」「欲潔其身而亂大倫。」「果哉,末之難矣!」嗚呼!此非誠以天地萬物為一體者,孰能以知夫子之心乎?若其遯世無悶,樂天知命者,則固無入而不自得,道並行而不相悖也。
新字:昔者孔子之在当時,有議其為諂者,有譏其為佞者,有毀其未賢,詆其為不知礼,而侮之以為東家丘者,有嫉而沮之者,有悪而欲殺之者,晨門、荷蕢之徒,皆当時之賢士,且曰:「是知其不可而為之者歟?」「鄙哉硜硜乎!莫己知也,斯已而已矣。」雖子路在升堂之列,尚不能無疑於其所見,不悅於其所欲往,而且以之為迂,則当時之不信夫子者,豈特十之二三而已乎?然而夫子汲汲遑遑若求亡子於道路,而不暇於煖席者,寧以蘄人之知我、信我而已哉?蓋其天地万物一体之仁,疾痛迫切,雖欲已之而自有所不容已。故其言曰:「吾非斯人之徒与而誰与?」「欲潔其身而乱大倫。」「果哉,末之難矣!」嗚呼!此非誠以天地万物為一体者,孰能以知夫子之心乎?若其遯世無悶,楽天知命者,則固無入而不自得,道並行而不相悖也。
書き下し
昔者、孔子の当時に在るや、其の諂と為すを議する者有り、其の佞と為すを譏る者有り、其の未だ賢ならざるを毀り、其の礼を知らずと為すを詆り、而して之を侮りて以て東家の丘と為す者有り、嫉みて之を沮む者有り、悪みて之を殺さんと欲する者有り。晨門・荷蕢の徒は、皆な当時の賢士なり。且つ曰く、「是れ其の不可なるを知りて之を為す者か」と。「鄙なるかな、硜硜乎たり。己を知る莫くんば、斯れ已まんのみ」と。子路の升堂の列に在ると雖も、尚お其の見る所に疑い無き能わず、其の往かんと欲する所を悦ばず、而して且つ之を以て迂と為す。則ち当時の夫子を信ぜざる者は、豈に特(た)だ十の二三のみならんや。然り而して夫子の汲汲遑遑として亡子を道路に求むるが若くにして、席を煖むるに暇あらざる者は、寧ぞ人の我を知り、我を信ずるを蘄むるを以てのみならんや。蓋し其の天地万物一体の仁は、疾痛迫切にして、之を已めんと欲すと雖も自ら已むを容れざる所有り。故に其の言に曰く、「吾、斯の人の徒と与にするに非ずして誰と与にせん」と。「其の身を潔くせんと欲して大倫を乱る」と。「果なるかな、之を難ずる末(な)し」と。嗚呼、此れ誠に天地万物を以て一体と為す者に非ずんば、孰か能く以て夫子の心を知らんや。其の世を遯れて悶ゆる無く、天を楽しみ命を知る者の若きは、則ち固より入るとして自得せざる無く、道は並び行われて相い悖らざるなり。
現代語訳
昔、孔子が生きていた時、へつらいだと議論する者があり、口達者だと譏る者があり、賢くないと毀り、礼を知らないと罵り、東隣の丘さんだと侮る者があり、妬んで妨げる者があり、憎んで殺そうとする者があった。門番や畚を担ぐ隠者たちも、当時の賢士だ。彼らは「できないと知りながらやる者か」「頑固だな。自分を知る者がいなければ、やめればよいのに」と言った。子路でさえ、孔子の見解に疑いを持ち、行こうとする所を喜ばず、迂遠だとした。当時、孔子を信じない者は、十の二、三どころではなかった。それでも孔子が、迷子を路上で探すようにあくせくして、席を暖める暇もなかったのは、人に知られ信じられたかったからだろうか。天地万物一体の仁が、痛みとして切実で、やめようとしてもやめられなかったのだ。だから「私は人々と共にせずに誰と共にしよう」と言い、「身を潔くしようとして大倫を乱す」と言った。ああ、天地万物を一体とする者でなければ、誰が孔子の心を知ろう。世を遁れて悶えず、天を楽しみ命を知る者なら、どこにいても自得し、道は並び行われて悖らない。