伝習録 / 答羅整菴少宰書
執事所以教,反覆數百言,皆以未悉鄙人「格物」之說。若鄙說一明,則此數百言皆可以不待辨說而釋然無滯。故今不敢縷縷,以滋瑣屑之瀆。然鄙說非面陳囗析,斷亦未能了了於紙筆間也。
新字:執事所以教,反覆数百言,皆以未悉鄙人「格物」之説。若鄙説一明,則此数百言皆可以不待弁説而釈然無滞。故今不敢縷縷,以滋瑣屑之瀆。然鄙説非面陳囗析,断亦未能了了於紙筆間也。
書き下し
執事の教うる所以、反覆数百言、皆な以て鄙人の「格物」の説を悉くさざるなり。若し鄙説、一たび明らかならば、則ち此の数百言は皆な以て辨説を待たずして釈然として滞り無かるべし。故に今、敢えて縷縷として、以て瑣屑の瀆を滋さず。然れども鄙説は面もて陳べ口もて析するに非ずんば、断じて亦た未だ紙筆の間に了了たる能わざるなり。
現代語訳
あなたが教えてくださった数百言は、みな私の「格物」の説を尽くしておられない。もし私の説が一たび明らかになれば、この数百言はみな論じるまでもなく解けて滞りがなくなるでしょう。だから今、くどくどと述べて、煩わしさを増やすことはしません。しかし私の説は、面と向かって述べ、口で分けるのでなければ、紙と筆の間で明らかにしきれないのです。
解説
書面やメールでのやり取りは便利ですが、伝えたいニュアンスや真意が伝わりにくいことがあります。この一節は、言葉だけでは伝えきれない「何か」があることを示唆しています。特に、込み入った問題や感情が絡む事柄では、面と向かって話し、相手の表情や声のトーンから真意を汲み取ることが重要です。デジタルなコミュニケーションが主流の現代だからこそ、直接対話の価値を再認識し、大切にしたいものです。
この章句が説くこと
然鄙説非面陳囗析断亦未能了了於紙筆間也傾聴
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