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伝習録 / 答周道通書

來書云:「致知之說,春間再承誨益,已頗知用力,覺得比舊尤為簡易。但鄙心則謂與初學言之,還須帶『格物』意思,使之知下手處。本來『致知』、『格物』一併下,但在初學未知下手用功,還說與『格物』,方曉得『致知』云云。」「格物」是「致知」功夫,知得「致知」便已知得「格物」;若是未知「格物」,則是「致知」工夫亦未嘗知也。近有一書與友人論此頗悉,今往一通,細觀之,當自見矣。

新字:来書云:「致知之説,春間再承誨益,已頗知用力,覺得比旧尤為簡易。但鄙心則謂与初學言之,還須帯『格物』意思,使之知下手処。本来『致知』、『格物』一併下,但在初學未知下手用功,還説与『格物』,方暁得『致知』云云。」「格物」是「致知」功夫,知得「致知」便已知得「格物」;若是未知「格物」,則是「致知」工夫亦未嘗知也。近有一書与友人論此頗悉,今往一通,細観之,当自見矣。

書き下し

来書に云う、「致知の説は、春間、再び誨益を承け、已に頗る力を用うるを知る。旧に比して尤も簡易と為すを覚え得たり。但だ鄙心は則ち謂う、初学と之を言わば、還お須らく『格物』の意思を帯び、之をして手を下す処を知らしむべし。本来『致知』『格物』は一併に下る。但だ初学に在りては未だ手を下し功を用うるを知らず、還お与に『格物』を説きて、方に『致知』を暁り得ん」と云云。「格物」は是れ「致知」の功夫なり。「致知」を知り得れば便ち已に「格物」を知り得たり。若し是れ未だ「格物」を知らずんば、則ち是れ「致知」の工夫も亦た未だ嘗て知らざるなり。近ごろ一書の友人と此を論ずるもの頗る悉(つく)せる有り。今、一通を往かす。細かに之を観ば、当に自ら見るべし。

現代語訳

お手紙にこうあった。「致知の説は、春にまた教えを承り、努力の仕方が分かりました。以前より簡易だと感じます。ただ私の考えでは、初学者に語るには『格物』の意味を帯びさせて、手のつけ所を知らせるべきです。もともと『致知』『格物』は一緒に下るものですが、初学者は手のつけ方を知らないので、『格物』を説いて、初めて『致知』が分かるのでは」。「格物」は「致知」の工夫だ。「致知」が分かれば、すでに「格物」も分かっている。もし「格物」が分からないなら、「致知」の工夫も分かっていない。近ごろ友人にこれを論じた手紙がある。一通送るので、詳しく見れば分かるだろう。

解説

「致知が分かれば、すでに格物も分かっている」。二つを段階に分けて、初学者にはこちらから、という配慮を退けます。一つのものを二つに分けて教えることが、かえって混乱を生むのです。

この章句が説くこと

格物是致知功夫知得致知便已知得格物

この一句を、あなたの毎日に。

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