伝習録 / 薛侃録
因論先生之門,某人在涵養上用功,某人在識見上用功。先生曰:「專涵養者,日見其不足;專識見者,日見其有餘。日不足者,日有餘矣;日有餘者,日不足矣。」
新字:因論先生之門,某人在涵養上用功,某人在識見上用功。先生曰:「専涵養者,日見其不足;専識見者,日見其有余。日不足者,日有余矣;日有余者,日不足矣。」
書き下し
先生の門に論ずるに因り、某人は涵養の上に功を用い、某人は識見の上に功を用うと。先生曰く、「専ら涵養する者は、日に其の足らざるを見る。専ら識見なる者は、日に其の余り有るを見る。日に足らざる者は、日に余り有り。日に余り有る者は、日に足らず」と。
現代語訳
先生の門下で、ある人は涵養に努力し、ある人は識見に努力していると論じられた。先生は言った。「もっぱら涵養する者は、日々に足りないと感じる。もっぱら識見に努める者は、日々に余りがあると感じる。日々に足りないと感じる者は、日々に余りが出てくる。日々に余りがあると感じる者は、日々に足りなくなる」。
解説
足りないと感じる人ほど、伸びる。余りがあると感じる人ほど、痩せる。手応えは、逆の指標なのです。分かってきたという感覚が、停滞の始まり。足りなさこそ、成長の証なのです。
この章句が説くこと
専涵養者日見其不足専識見者日見其有余日不足者日有余矣