伝習録 / 薛侃録
崇一問:「尋常意思多忙。有事固忙,無事亦忙,何也?」先生曰:「天地氣機,元無一息之停,然有個主宰,故不先、不後,不急、不緩,雖千變萬化,而主宰常定,人得此而生。若主宰定時,與天運一般不息,雖酬酢萬變,常是從容自在,所謂『天君泰然,百體從令』。若無主宰,便只是這氣奔放,如何不忙?」
新字:崇一問:「尋常意思多忙。有事固忙,無事亦忙,何也?」先生曰:「天地気機,元無一息之停,然有個主宰,故不先、不後,不急、不緩,雖千変万化,而主宰常定,人得此而生。若主宰定時,与天運一般不息,雖酬酢万変,常是従容自在,所謂『天君泰然,百体従令』。若無主宰,便只是這気奔放,如何不忙?」
書き下し
崇一問う、「尋常の意思は多く忙し。事有れば固より忙し。事無きも亦た忙し。何ぞや」と。先生曰く、「天地の気機は、元より一息の停まる無し。然れども個の主宰有り。故に先ならず後ならず、急ならず緩ならず、千変万化すと雖も、主宰は常に定まる。人は此を得て生ず。若し主宰の定まる時は、天運と一般に息(や)まず。万変に酬酢すと雖も、常に是れ従容自在なり。所謂る『天君泰然として、百体、令に従う』なり。若し主宰無くんば、便ち只だ是れ這の気の奔放するのみ。如何ぞ忙しからざらん」と。
現代語訳
崇一が尋ねた。「普段の心持ちが、いつも忙しい。事があれば忙しく、事がなくても忙しい。なぜでしょう」。先生は言った。「天地の気の働きは、もともと一息も止まらない。しかし主宰するものがある。だから早くも遅くもなく、急ぎも緩みもせず、千変万化しても主宰は常に定まる。人はこれを得て生きる。もし主宰が定まっていれば、天の運行のようにやまない。万の変化に応対しても、常にゆったりと自在だ。いわゆる『心の君が泰然として、身体が命に従う』ということだ。もし主宰がなければ、ただ気が暴走するだけだ。どうして忙しくないでいられよう」。
解説
事がなくても忙しい。それは、主宰する中心がないからです。「主宰がなければ、ただ気が暴走するだけ」。動きが多いから忙しいのではありません。中心がないから、動きに振り回されるのです。
この章句が説くこと
若無主宰便只是這気奔放如何不忙