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伝習録 / 薛侃録

先生謂學者曰:「為學須得個頭腦,工夫方有著落;縱未能無間,如舟之有舵,一提便醒。不然,雖從事於學,只做個『義襲而取』,只是行不著、習不察,非大本、達道也。」又曰:「見得時,橫說豎說皆是。若於此處通,彼處不通,只是未見得。」

新字:先生謂学者曰:「為学須得個頭脳,工夫方有著落;縦未能無間,如舟之有舵,一提便醒。不然,雖従事於学,只做個『義襲而取』,只是行不著、習不察,非大本、達道也。」又曰:「見得時,横説豎説皆是。若於此処通,彼処不通,只是未見得。」

書き下し

先生、学者に謂いて曰く、「学を為すには須らく個の頭脳を得べし。工夫は方に著落有り。縦い未だ間無き能わずとも、舟の舵有るが如く、一たび提げれば便ち醒む。然らずんば、学に従事すと雖も、只だ個の『義襲して取る』を做すのみ。只だ是れ行いて著われず、習いて察せず。大本・達道に非ざるなり」と。又た曰く、「見得る時は、横に説き竪に説くも皆な是なり。若し此の処に於て通じ、彼の処に通ぜずんば、只だ是れ未だ見得ざるなり」と。

現代語訳

先生が学ぶ者に言った。「学問には要となる中心が必要だ。それでこそ工夫に落ち着きどころがある。たとえ途切れることがあっても、舟に舵があるように、一度引けば目が覚める。そうでなければ、学問に従事しても、『義を外から襲い取る』だけだ。行っても明らかにならず、習っても察しない。大本・達道ではない」。また言った。「見えている時は、横から説いても縦から説いても正しい。もしここで通じて、あそこで通じないなら、まだ見えていないのだ」。

解説

何かを学ぶとき、表面的な知識や特定の事例だけを覚えることに満足していませんか。この教えは、本当に理解しているかどうかを測る基準を示してくれます。もし、ある説明では納得できるのに、別の角度から聞かれると分からなくなるなら、それはまだ本当の意味で理解できていない証拠です。本当に本質を掴んでいれば、どんな問い方や状況にも対応できるはずです。物事の「要」を捉え、多角的に考えられるようになることが、真の学びと言えるでしょう。

この章句が説くこと

為学須得個頭脳工夫方有著落若於此処通彼処不通只是未見得

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

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