伝習録 / 陸澄録
「自『格物』、『致知』至『平天下』,只是一個『明明德』,雖『親民』亦『明德』事也。『明德』是此心之德,即是仁。仁者以天地萬物為一體,使有一物失所,便是吾仁有未盡處。」
新字:「自『格物』、『致知』至『平天下』,只是一個『明明徳』,雖『親民』亦『明徳』事也。『明徳』是此心之徳,即是仁。仁者以天地万物為一体,使有一物失所,便是吾仁有未尽処。」
書き下し
「『格物』『致知』より『天下を平らかにす』に至るまで、只だ是れ一個の『明徳を明らかにす』なり。『民に親しむ』と雖も亦た『明徳』の事なり。『明徳』は是れ此の心の徳なり。即ち是れ仁なり。仁者は天地万物を以て一体と為す。一物の所を失う有らしめば、便ち是れ吾が仁に未だ尽くさざる処有るなり」。
現代語訳
「『格物』『致知』から『天下を平らかにする』に至るまで、ただ一つの『明徳を明らかにする』ことだ。『民に親しむ』も『明徳』の事だ。『明徳』は、この心の徳であり、仁だ。仁者は天地万物を一体とする。一つの物でも所を失えば、それは自分の仁がまだ尽くされていない所があるということだ」。
解説
「仁」とは、天地万物すべてを自分と一体であると捉える心のあり方です。もし、一つでも苦しんでいるものや、あるべき場所にないものがあれば、それは自分の「仁」がまだ足りていない証拠だと考えます。この教えは、自分の責任範囲を広げ、他者の苦しみを他人事とせず、自分自身の問題として捉える視点を与えてくれます。すべてがつながっているという意識が、より深い共感と行動へと私たちを促すでしょう。
この章句が説くこと
仁者以天地万物為一体使有一物失所便是吾仁有未尽処思いやり仁
関連する章句
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「三代の天下を得るや仁を以てし、其の天下を失ふや不仁を以てす。国の廃興存亡する所以の者も亦た然り。天子不仁なれば、四海を保たず。諸侯不仁なれば、社稷を保たず。卿大夫不仁なれば、宗廟を保たず。士庶人不仁なれば、四体を保たず。今死亡を悪みて不仁を楽しむは、
-
言志四録・言志晩録 別存 第十一条 老いたる轎夫を思ふ公齢十一二の時、旁近の花市を過ぐる毎に、必ず轎にて行く。一日門を出でて数百歩、轎を卸して徒行す。左右轎を勧むれども、肯ぜず。既に帰る。左右問ふ、「今日何を以て轎せざるか」と。公笑ひて曰く、「轎夫中に一老人有り。為に其の任を軽くせしのみ」と。左右皆驚嘆す。
-
『大和俗訓』巻之七・躬行下一不仁にして吝嗇なれば、財多くもちても、人をすくひ恵むことなし。吝嗇ならざる人仁愛に心を用ひざれば、其施なくして、かへりて無益の事に財をつひやす。両事をあげていはば、門内に饑に及べる乞食貧人来りて食をこへども、心を用ひて是をめぐまざれば、家のやつこも食をあたへず。又寒夜に客来りて語るに、客にしたがひ来れる下部などを、屋の内寒からざる所に入れ置き、こごえざるやうにするは、いと易き事なるに、客に対するに専らにして、まぎらはしく、従者の寒気にくるしむべきを心にかけざれば、彼が飢寒を知らずして、いたはる事なし。是心を用ひざればなり。善を行ふに志あらん人は、万の事、折節につけて、心を用ひて、人の苦なからん事を思ひはかりて、人をすくふべし。
-
『和俗童子訓』巻之一・総論上一小児の時より、心もちやはらかに、人をいつくしみ、情ありて、人を苦めあなどらず、常に善を好み、人を愛し、仁を行ふを以て、志とすべし。人我が心にかなはざるとて、顔色をはげしくし、詞をあらくして、人を怒り罵るべからず。小児もし不仁にして、人を苦め侮りて情なくば、早くいましむべし。人に対して温和なれども、其身正しければ、幼きとて人侮らず。
-
孟子・盡心章句下孟子曰く、「仁なる者は、人なり。合せて之を言えば、道なり。」
-
『講孟余話』盡心上 第四章此の章、上の「我に在る者を求む」を承けて云ふ。「恕を強めて行ふ、仁を求むること焉より近きは莫し」とは何等の親切の教へぞや。大儀なることを勉強してすると、人の情を思ひ遣りて己の行ひをするとより学問は始まることにて、是れ強恕の道なり。此の下三章、皆「焉より近きは莫し」の意を推して、切近の事を以て至理を説くなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る