伝習録 / 陸澄録
問:「格物於動處用功否?」先生曰:「格物無間動靜,靜亦物也。孟子謂『必有事焉』,是動靜皆有事。」
新字:問:「格物於動処用功否?」先生曰:「格物無間動静,静亦物也。孟子謂『必有事焉』,是動静皆有事。」
書き下し
問う、「格物は動の処に於て功を用うるか」と。先生曰く、「格物は動静を間(へだ)つる無し。静も亦た物なり。孟子の『必ず事とすること有れ』と謂うは、是れ動静皆な事有るなり」と。
現代語訳
尋ねた。「格物は、動く場面で努力するのですか」。先生は言った。「格物は動と静を分けない。静も物だ。孟子が『必ず事とせよ』と言ったのは、動でも静でも事があるということだ」。
解説
「格物」という学びは、私たちが活動している時だけでなく、静かにしている時にも適用されます。静止している状態もまた、心を観察し、内面を整えるべき「物」であると捉えるのです。つまり、日々の修養にオンとオフの区別はなく、何もしない時間であっても、自分の心がどこに向かっているのか、何を考えているのかを意識し、工夫を凝らすべき場となります。常に心を磨き続ける姿勢が、真の成長へとつながるでしょう。
この章句が説くこと
格物無間動静静亦物也是動静皆有事習慣本質継続
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