伝習録 / 陸澄録
「萬象森然時,亦沖漠無朕;沖漠無朕即萬象森然。沖漠無朕者,『一』之父;萬象森然者,『精』之母。『一』中有『精』,『精』中有『一』。」
新字:「万象森然時,亦沖漠無朕;沖漠無朕即万象森然。沖漠無朕者,『一』之父;万象森然者,『精』之母。『一』中有『精』,『精』中有『一』。」
書き下し
「万象森然たる時も、亦た沖漠無朕なり。沖漠無朕は即ち万象森然なり。沖漠無朕なる者は、『一』の父なり。万象森然たる者は、『精』の母なり。『一』の中に『精』有り、『精』の中に『一』有り」。
現代語訳
「万象が生い茂っている時も、静まり返って兆しがない。静まり返って兆しがないことが、そのまま万象の生い茂りだ。静まり返って兆しがないものが『一』の父であり、万象が生い茂るものが『精』の母だ。『一』の中に『精』があり、『精』の中に『一』がある」。
解説
世の中のあらゆる現象が活発に動いている時も、その根源には静かで何も兆しがない状態があります。そして、その静寂の中からこそ、新たな現象が生まれてきます。これは、活動と静止、多様なものと一つの本質が、対立するものではなく、同じものの異なる側面であることを示しています。日々の忙しさの中にいても、心の奥底には静かな核があることを意識することで、物事を多角的に捉え、より深い理解へとつながるでしょう。
この章句が説くこと
万象森然時亦沖漠無朕一中有精精中有一
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