伝習録 / 陸澄録
問《律呂新書》。先生曰:「學者當務為急,算得此數熟亦恐未有用,必須心中先具禮、樂之本,方可。且如其書說多用管以候氣,然至冬至那一刻時,管灰之飛或有先後,須臾之間,焉知那管正值冬至之刻?須自心中先曉得冬至之刻始得。此便有不通處。學者須先從禮、樂本原上用功。」
新字:問《律呂新書》。先生曰:「學者当務為急,算得此数熟亦恐未有用,必須心中先具礼、楽之本,方可。且如其書説多用管以候気,然至冬至那一刻時,管灰之飛或有先後,須臾之間,焉知那管正值冬至之刻?須自心中先暁得冬至之刻始得。此便有不通処。學者須先従礼、楽本原上用功。」
書き下し
『律呂新書』を問う。先生曰く、「学者は当務を急と為す。此の数を算じ得て熟するも、亦た恐らくは未だ用有らず。必ず須らく心中に先ず礼・楽の本を具えて、方に可なり。且つ其の書の管を用いて以て気を候うと説くが如きも、然れども冬至の那の一刻の時に至りて、管灰の飛ぶこと或いは先後有らん。須臾の間、焉くんぞ那の管の正に冬至の刻に値するを知らんや。須らく自ら心中に先ず冬至の刻を暁り得て始めて得べし。此れ便ち通ぜざる処有り。学者は須らく先ず礼・楽の本原の上より功を用うべし」と。
現代語訳
『律呂新書』について尋ねた。先生は言った。「学ぶ者は、当面の務めを急とすべきだ。この数を計算し熟達しても、役に立たないだろう。必ず心中にまず礼と楽の根本を備えて、初めてよい。その書に、管を用いて気を測るとあるが、冬至のその一刻に、管の灰が飛ぶのが早かったり遅かったりする。わずかの間に、どうしてその管が正確に冬至の刻に当たると分かろう。心中でまず冬至の刻が分かって、初めて成り立つ。ここに通じない所がある。学ぶ者は、まず礼と楽の根本から努力すべきだ」。
解説
精密な計算法を学ぼうとする弟子に、「根本が先だ」と言います。しかも指摘が具体的です。灰が飛ぶ時刻を測るには、正確な時刻が分かっていなければならない。測る道具が、測る前提を必要としている。技法の精緻さが、根本の欠落を隠すのです。
この章句が説くこと
学者当務為急須先従礼楽本原上用功