伝習録 / 陸澄録
「克己須要掃除廓清、一毫不存方是。有一毫在,則眾惡相引而來。」
新字:「克己須要掃除廓清、一毫不存方是。有一毫在,則衆悪相引而来。」
書き下し
「己に克つは須らく掃除廓清して、一毫も存せざるを要して方に是なり。一毫の在る有らば、則ち衆悪は相い引きて来たる」。
現代語訳
「己に克つには、掃き清めて、一毛ほども残さないようにして初めてよい。一毛でも残れば、あらゆる悪が互いに引き合ってやって来る」。
解説
自分を律する時、「少しくらいなら」という妥協は禁物です。王陽明は、心の中のわずかな悪でも残しておけば、「あらゆる悪が互いに引き合ってやって来る」と厳しく説きます。まるで地面の小さなゴミが、やがて大きな汚れになるように、中途半端な姿勢では、結局何も解決しません。徹底的に、完全に「掃き清める」こと。それが、本当に自分を変え、望む状態を築くための唯一の道です。
この章句が説くこと
克己須要掃除廓清一毫不存方是有一毫在則衆悪相引而来克己
関連する章句
-
伝習録・陸澄録先生曰く、「諸公、近ごろ見(まみ)ゆる時、疑問少なし。何ぞや。人、功を用いずんば、自ら以て已に学を為すを知り、只だ循いて之を行うのみにて是なりと為さざる莫し。殊に知らず、私欲は日々に生ずること、地上の塵の如く、一日も掃わざれば便ち又た一層有るを。著実に功を用うれば、便ち道に終窮無きを見る。愈々探れば愈々深し。必ず精白にして、一毫も徹せざる無からしめて方に可なり」と。
-
伝習録・陸澄録問う、「知至りて然る後に誠意を言うべし。今、天理・人欲、之を知ること未だ尽くさず。如何ぞ克己の工夫を用い得ん」と。先生曰く、「人、若し真実に己に切にして功を用いて已まずんば、則ち此の心に於て、天理の精微は、日に一日を見、私欲の細微も、亦た日に一日を見る。若し克己の工夫を用いずんば、終日、只だ是れ説話するのみ。天理は終に自ら見えず、私欲も亦た終に自ら見えず。人の路を走るが如く一般なり。一段を走り得て、方に一段を認め得る。岐路の処に走り到り、疑い有らば便ち問う。問い了りて又た走る。方に漸く欲する所に到り得べし。今人は已に知る所の天理を存するを肯んぜず、已に知る所の人欲を去るを肯んぜず。且つ只管、尽くは知る能わざるを愁う。只管、閑講するも、何の益か之れ有らん。且く己に克ち得て、私の克つべき無きを待ちて、方に尽くは知る能わざるを愁うるも、亦た未だ遅からざるに在り」と。
-
伝習録・陸澄録一日、学を為すの工夫を論ず。先生曰く、「人に学を為すを教うるに、一偏に執るべからず。初学の時は、心猿意馬、拴縛して定まらず。其の思慮する所は、多く是れ『人欲』の一辺なり。故に且く之に静坐し思慮を息(や)むるを教う。之を久しくして、其の心意の稍(やや)定まるを俟つ。只だ懸空に静守すること、槁木死灰の如くんば、亦た用無し。須らく他に省察克治を教うべし。省察克治の功は、則ち時として間(へだ)つべき無し。盗賊を去るが如く、須らく個の掃除廓清の意有るべし。無事の時、好色・好貨・好名等の私を将(もっ)て、逐一に追究搜尋し出し来たれ。定めて病根を抜き去り、永く復た起こらざらんことを要して、方に始めて快と為す。常に猫の鼠を捕うるが如く、一眼看著し、一耳聴著す。纔かに一念の萌動有らば、即ち与に克ち去る。斬釘截鉄、姑容すべからず。他に方便を与うべからず。窩蔵すべからず。他を放ちて路を出ださしむべからず。方に是れ真実に功を用うるなり。方に能く掃除廓清す。私の克つべき無きを得るに到らば、自ら端拱の時在る有り。『何をか思い何をか慮らん』と曰うと雖も、初学の時の事に非ず。初学は必ず須らく思うべし。省察克治は即ち是れ誠を思うなり。只だ一個の天理を思い、天理の純全なるを得るに到らば、便ち是れ『何をか思い何をか慮らん』なり」と。
-
伝習録・陸澄録唐詡問う、「志を立つるは是れ常に個の善念を存し、善を為し悪を去らんことを要するか」と。曰く、「善念存する時は、即ち是れ天理なり。此の念は即ち善なり。更に何の善をか思わん。此の念は悪に非ず。更に何の悪をか去らん。此の念は樹の根芽の如し。志を立つる者は、長く此の善念を立つるのみ。『心の欲する所に従いて矩を踰えず』とは、只だ是れ志の熟する処に到るなり」と。
-
伝習録・陸澄録「至善なる者は、性なり。性は元より一毫の悪無し。故に『至善』と曰う。之に止まるは、是れ其の本然に復するのみ」。
-
伝習録・陸澄録「精神・道徳・言・動は、大率(おおむ)ね収斂を主と為す。発散は是れ已むを得ざるなり。天・地・人・物、皆な然り」。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る