伝習録 / 陸澄録
問仙家元氣、元神、元精。先生曰:「只是一件:流行為氣,凝聚為精,妙用為神。」
新字:問仙家元気、元神、元精。先生曰:「只是一件:流行為気,凝聚為精,妙用為神。」
書き下し
仙家の元気・元神・元精を問う。先生曰く、「只だ是れ一件なり。流行すれば気と為り、凝聚すれば精と為り、妙用すれば神と為る」と。
現代語訳
道家の元気・元神・元精について尋ねた。先生は言った。「ただ一つのものだ。流れれば気となり、凝り固まれば精となり、妙なる働きをすれば神となる」。
解説
私たちは、異なる言葉を見ると、それぞれが独立した実体を持つと考えがちです。しかし、王陽明は「ただ一つのものだ」と語り、それが状況に応じて異なる状態や働きを見せるだけだと説きます。複雑に見える問題も、本質は一つである場合が多いものです。表面的な違いに惑わされず、その根底にある共通の原理を見極めることで、物事をよりシンプルに理解し、本質的な解決策を見つけられるでしょう。
この章句が説くこと
只是一件流行為気凝聚為精妙用為神
関連する章句
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