伝習録 / 陸澄録
唐詡問:「立志是常存個善念,要為善去惡否?」曰:「善念存時,即是天理。此念即善,更思何善?此念非惡,更去何惡?此念如樹之根芽,立志者,長立此善念而已。『從心所欲不踰矩』,只是志到熟處。」
新字:唐詡問:「立志是常存個善念,要為善去悪否?」曰:「善念存時,即是天理。此念即善,更思何善?此念非悪,更去何悪?此念如樹之根芽,立志者,長立此善念而已。『従心所欲不踰矩』,只是志到熟処。」
書き下し
唐詡問う、「志を立つるは是れ常に個の善念を存し、善を為し悪を去らんことを要するか」と。曰く、「善念存する時は、即ち是れ天理なり。此の念は即ち善なり。更に何の善をか思わん。此の念は悪に非ず。更に何の悪をか去らん。此の念は樹の根芽の如し。志を立つる者は、長く此の善念を立つるのみ。『心の欲する所に従いて矩を踰えず』とは、只だ是れ志の熟する処に到るなり」と。
現代語訳
唐詡が尋ねた。「志を立てるとは、常に善念を保ち、善をなし悪を去ろうとすることですか」。先生は言った。「善念があれば、それが天理だ。この念が善なのに、他にどんな善を思うのか。この念が悪でないのに、他にどんな悪を去るのか。この念は樹の根や芽のようなものだ。志を立てるとは、長くこの善念を保つだけだ。『心の欲するままに従って、矩を越えない』とは、志が熟した所に至ったということだ」。
解説
善念があれば、それがすでに善です。さらに善を探す必要も、悪を除く必要もない。「志を立てるとは、長くこの善念を保つだけ」。何かを追加するのではありません。今ある一念を、途切れさせないこと。それだけなのです。
この章句が説くこと
善念存時即是天理立志者長立此善念而已