伝習録 / 陸澄録
「『夜氣』,是就常人說。學者能用功,則日間有事、無事,皆是此氣翕聚發生處。聖人則不消說『夜氣』。」
新字:「『夜気』,是就常人説。学者能用功,則日間有事、無事,皆是此気翕聚発生処。聖人則不消説『夜気』。」
書き下し
「『夜気』は、是れ常人に就きて説く。学者、能く功を用うれば、則ち日間の有事・無事、皆な是れ此の気の翕聚発生する処なり。聖人は則ち『夜気』を説くを消(もち)いず」。
現代語訳
「『夜気』は、普通の人について説いたものだ。学ぶ者がよく努力すれば、日中の事のある時も事のない時も、みなこの気が集まり生まれる場となる。聖人には『夜気』を説く必要がない」。
解説
「夜気」とは、夜の静けさの中で心が清らかになる状態を指しますが、これは日中の忙しさで心が乱れがちな人のための教えだと王陽明は言います。真に修養を積んだ人は、特別な時間や場所を必要とせず、日中のあらゆる活動の中に心の清らかさを見出すことができるのです。つまり、瞑想や内省の時間を設けることは大切ですが、それだけでなく、日々の仕事や人間関係、暮らしのすべてを、自分を磨く場として捉えることが重要だという教えです。
この章句が説くこと
夜気是就常人説学者能用功則日間有事無事皆是此気翕聚発生処
関連する章句
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伝習録・黄省曾録又た曰く、「良知の夜気に発する的は方に是れ本体なり。其の物欲の雑わり無きを以てなり。学者は事物紛擾の時をして、常に夜気の一般の如くならしめんことを要す。就ち是れ『昼夜の道に通じて知る』なり」と。
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『講孟余話』告子上 第八章「平旦の気」、「夜気以て存するに足らず」。朱註に「孟子の夜気の説、学者に於て極めて力有り、宜しく熟玩して深く之を省みるべし」と云へり。余謂へらく、夜気の説は、即ち浩然の気(公孫丑上第二章、此の条と併せ考ふべし)を養ふの手を下す工夫なり。凡そ浩然の気を養はんとならば、先づ平旦の気の清明にして、未だ外物の欲を交へざる所を基本として、漸々長養すべし。何となれば、噪がしき時は気擾れて昏濁する故、静かにして清明なる所を養ふべしとなり。後儒の静坐等の工夫も、是等の処に原づき、外物に蔽はれざる所の本心を認め出し長養せんとなり。然れども余別に又一説あり。静処に於て本心を認むる、固より善し。又動処に於て本心を認むる、更に善し。或は書を読みて意中の人に遇ひ、意中の事を見るか、同志の人を会し、劇談豪論するか、或は風雪を冒し山野を跋渉するの類、都べて吾が心気力を発動せしめたる後は、必ず浩々勃々勇往鋭進の勢ひ禦ぐべからざる者あり。此の処より本心を認め、漸々長養するも、亦是れ一種の手段なり。実験して其の妙を悟るべし。
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伝習録・黄省曾録又た曰く、「功夫、是れ這個の真機を透り得ずんば、如何ぞ他の充実光輝なるを得んや。若し能く透り得る時は、你の聡明知解に由りて接し得来たらず。須らく胸中の渣滓、渾化して、毫髪も沾帯有らしめずして始めて得べし」と。
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