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伝習録 / 陸澄録

澄嘗問象山在人情事變上做工夫之說。先生曰:「除了人情事變,則無事矣。喜、怒、哀、樂,非人情乎?自視、聽、言、動以至富貴、貧賤、患難、死生,皆事變也。事變亦只在人情裏。其要只在『致中和』,『致中和』只在『謹獨』。」

新字:澄嘗問象山在人情事変上做工夫之説。先生曰:「除了人情事変,則無事矣。喜、怒、哀、楽,非人情乎?自視、聴、言、動以至富貴、貧賤、患難、死生,皆事変也。事変亦只在人情裏。其要只在『致中和』,『致中和』只在『謹独』。」

書き下し

澄、嘗て象山の人情事変の上に工夫を做すの説を問う。先生曰く、「人情事変を除き了らば、則ち事無きなり。喜・怒・哀・楽は、人情に非ずや。視・聴・言・動より以て富貴・貧賤・患難・死生に至るまで、皆な事変なり。事変も亦た只だ人情の裏に在り。其の要は只だ『中和を致す』に在り。『中和を致す』は只だ『独を謹む』に在り」と。

現代語訳

陸澄が、陸象山の「人情と事変の上で工夫する」という説について尋ねた。先生は言った。「人情と事変を除いてしまえば、何も事はない。喜び・怒り・哀しみ・楽しみは、人情ではないか。見る・聞く・言う・動くから、富貴・貧賤・患難・死生に至るまで、みな事変だ。事変もまた人情の中にある。その要点は『中和を致す』ことにある。『中和を致す』は『独りを慎む』ことにある」。

解説

私たちの日常は、喜びや怒り、悲しみといった感情、そして富や貧困、病気や死といった様々な出来事(人情事変)で満ちています。この一節は、これらこそが、自分を磨き、心を成長させるための「修養の場」であると説きます。そして、その要は「独りを慎む」こと、つまり、誰も見ていないところで、自分の心や行動を律することにあると強調します。日々のささやかな選択や心の持ちようが、私たちの生き方の土台を築いているのです。

この章句が説くこと

除了人情事変則無事矣其要只在致中和致中和只在謹独

この一句を、あなたの毎日に。

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