伝習録 / 陸澄録
「省察是有事時存養,存養是無事時省察。」
書き下し
「省察は是れ事有る時の存養、存養は是れ事無き時の省察なり」。
現代語訳
「省察は、事のある時の存養である。存養は、事のない時の省察である」。
解説
「省察」と「存養」は、一見すると異なる行為のように思えますが、この一節は、両者が本質的に同じものであると説きます。省察とは、具体的な問題や出来事に直面した時に、自分の心を見つめ、反省すること。一方、存養とは、何も起こっていない平穏な時に、心を穏やかに保ち、養い育むことです。つまり、どんな状況にあっても、自分の心を意識し、整えようと努める姿勢こそが重要であり、それが途切れることはないのです。
この章句が説くこと
省察是有事時存養存養是無事時省察熟達
関連する章句
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『慎思録』巻之一存養は、是れ常時心性を存養するの工夫にして、動静を貫く。至静無事の中より、事に応じ物に接するの時に至るまで、時として然らざること無し。是れ全功なり。省察は、是れ動く時の事なり。一念既に生じ、七情方に発するの時、其の善悪を省察して、其の幾を審らかにするなり。然して且つ克治の工夫有り。是れ省察の後、其の発する所の人欲を窒ぎて、之を克治するなり。是れも亦動く時の事為り。存養は、譬へば平時の穀肉の保養の如し。省察は、症を問ひ脉を診て、病の所在を知るが如し。克治は、鍼灸薬石を以て病を攻むるが如きなり。三者は皆存心養性の工夫にして、省察克治も、亦存養の中の緊要の工夫なり。
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『慎思録』巻之一存養省察の工夫は、心学の要務為り。存養の二字は、二程子孟子の存心養性の言に取りて、以て学者平日動静の際、心性を保護するの工夫と為す。省察の二字は、楚辞九章に出づ。朱子之を取りて、以て情意初めて動く時、理欲を弁別するの工夫と為す。此より前、経伝の中、既に此の意有りと雖も、尚ほ未だ此の名有らず。後世此の名有る者は、蓋し程朱より始まる。是れも亦聖学に功有り。学者其の名を立つる所以の意と、其の功を用ふる所以の道とを知らざるべからず。中庸の所謂戒慎恐懼なる者は、朱子以て存養の工夫と為し、慎独なる者は、朱子以て省察の工夫と為す。都て是れ道なる者は須臾も離るべからざるの事なり。
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伝習録・陸澄録問う、「静なる時は亦た意思の好きを覚ゆ。才(わず)かに事に遇えば便ち同じからず。如何」と。先生曰く、「是れ徒らに静を養うを知りて、克己の工夫を用いざるなり。此くの如くんば、事に臨みて便ち傾倒せんことを要す。人は須らく事上に在りて磨(みが)くべし。方に立ち得て住し、方に能く静にも亦た定まり、動にも亦た定まる」と。
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『慎思録』巻之三存養熟すれば、則ち省察の功自ら力を省く。蓋し存養の功深ければ、則ち私意の発も亦自ら少なし。譬へば元気を養ふこと厚ければ、則ち疾病の生ずるも亦自ら少なきが如し。克己の功は、須らく幾を審らかにし微を防ぐを以て要と為すべし。其の微を防げば、則ち力を用ふること寡くして、功を成すこと多し。其の著しき者を防ぐは之に反す。
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言志四録・言志晩録 第二百十六条 存養は急遽の時に験す存養の足ると足らざるとは、宜しく急遽の時の事に於て自ら験すべし。
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『格言聯璧』存養類・存養は宜しく沖粹にして春溫に近かるべし喜怒哀樂にして未發と曰ふは、是れ人心より直に道心に溯り、他をして存養せしめんことを要す。 未發にして喜怒哀樂と曰ふは、是れ道心より人心を指し出し、他をして省察せしめんことを要す。 存養は宜しく沖粹にして、春溫に近かるべし。省察は宜しく謹嚴にして、秋肅に近かるべし。
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