伝習録 / 陸澄録
問立志。先生曰:「只念念要存天理,即是立志。能不忘乎此,久則自然心中凝聚,猶道家所謂『結聖胎』也。此天理之念常存,馴至於美大聖神,亦只從此一念存養擴充去耳。」
新字:問立志。先生曰:「只念念要存天理,即是立志。能不忘乎此,久則自然心中凝聚,猶道家所謂『結聖胎』也。此天理之念常存,馴至於美大聖神,亦只従此一念存養擴充去耳。」
書き下し
志を立つるを問う。先生曰く、「只だ念念に天理を存せんことを要すれば、即ち是れ志を立つるなり。能く此を忘れざれば、久しくして則ち自然に心中に凝聚す。猶お道家の所謂る『聖胎を結ぶ』のごときなり。此の天理の念、常に存すれば、馴(したが)いて美・大・聖・神に至る。亦た只だ此の一念の存養擴充より去るのみ」と。
現代語訳
志を立てることについて尋ねた。先生は言った。「ただ念々に天理を存しようとすれば、それが志を立てることだ。これを忘れずにいれば、長くして自然に心中に凝り固まる。道家のいう『聖なる胎を結ぶ』ようなものだ。この天理の念が常にあれば、次第に美・大・聖・神の境地に至る。それもただ、この一念を養い広げていくだけのことだ」。
解説
「志を立てる」とは、壮大な目標を掲げることだけではありません。むしろ、日々の小さな一瞬一瞬において、人として正しい道理を心に留めようとすること、その心の向きこそが志です。この小さな意識の積み重ねを忘れずにいれば、やがてそれは心の中にしっかりと根付き、揺るぎないものとなります。大きな成果も、日々の地道な努力と、正しい心のあり方の積み重ねから生まれる。そう教えてくれる一節です。
この章句が説くこと
只念念要存天理即是立志久則自然心中凝聚
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