伝習録 / 徐愛録
愛曰:「先儒論《六經》,以《春秋》為史。史專記事,恐與《五經》事體終或稍異。」先生曰:「以事言謂之史,以道言謂之經。事即道,道即事。《春秋》亦經,《五經》亦史。《易》是包犧氏之史,《書》是堯、舜以下史,《禮》、《樂》是三代史。其事同,其道同,安有所謂異?」
新字:愛曰:「先儒論《六経》,以《春秋》為史。史専記事,恐与《五経》事体終或稍異。」先生曰:「以事言謂之史,以道言謂之経。事即道,道即事。《春秋》亦経,《五経》亦史。《易》是包犠氏之史,《書》是堯、舜以下史,《礼》、《楽》是三代史。其事同,其道同,安有所謂異?」
書き下し
愛曰く、「先儒は『六経』を論じ、『春秋』を以て史と為す。史は専ら事を記す。恐らくは『五経』と事体は終に或いは稍(やや)異ならん」と。先生曰く、「事を以て言えば之を史と謂う。道を以て言えば之を経と謂う。事は即ち道、道は即ち事なり。『春秋』も亦た経、『五経』も亦た史なり。『易』は是れ包犠氏の史、『書』は是れ堯・舜以下の史、『礼』『楽』は是れ三代の史なり。其の事は同じく、其の道は同じ。安くんぞ所謂る異なる有らんや」と。
現代語訳
徐愛が言った。「先の儒者は『六経』を論じ、『春秋』を史としました。史は事を記すもので、『五経』とは性質が違うのではありませんか」。先生は言った。「事から言えば史といい、道から言えば経という。事が道であり、道が事だ。『春秋』も経であり、『五経』も史だ。『易』は包犠氏の史、『書』は堯・舜以下の史、『礼』『楽』は三代の史だ。その事は同じであり、その道も同じだ。どうして違いがあろうか」。
解説
「事」と「道」は、切り離せない一体のものです。日々の出来事や経験の中にこそ、普遍的な道理や学びが隠されています。理論や概念だけを学ぶのではなく、実際に起きた出来事や具体的な事例から、その背後にある本質的な意味や教訓を読み解くことが重要です。仕事で直面する課題も、人間関係での葛藤も、すべてが「道」を学ぶための「事」であると捉えれば、あらゆる経験が私たち自身の成長の糧となるでしょう。
この章句が説くこと
以事言謂之史以道言謂之経事即道道即事
関連する章句
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言志四録・言志耋録 第二百二十一条 史学も通暁すべし史学も亦通暁せざるべからず。経の史に於けるは、猶ほ律に案断有るがごとし。推して之を言へば、事を記すは皆之を史と謂ふべし。易は天道を記し、書は政事を記し、詩は性情を記し、礼は交際を記す。春秋は則ち言ふを待たざるのみ。
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伝習録・徐愛録又た曰く、「『五経』も亦た只だ是れ史なり。史は以て善悪を明らかにし、訓戒を示す。善の訓と為すべき者は、時に其の跡を存して以て法を示す。悪の戒と為すべき者は、其の戒を存して其の事を削り、以て奸を杜(ふさ)ぐ」と。愛曰く、「其の跡を存して以て法を示すは、亦た是れ天理の本然を存するなり。其の事を削りて以て奸を杜ぐは、亦た是れ人欲を将(まさ)に萌さんとするに遏(とど)むるや否や」と。先生曰く、「聖人の経を作るは、固より是の意に非ざる無し。然れども又た必ずしも文句に泥著せず」と。愛又た問う、「悪の戒と為すべき者は、其の戒を存して其の事を削り以て奸を杜ぐと。何ぞ独り『詩』に於て鄭・衛を刪らざるや。先儒は『悪き者は以て人の逸志を懲創すべし』と謂う。然るや否や」と。先生曰く、「『詩』は孔門の旧本に非ざるなり。孔子云う、『鄭声を放て。鄭声は淫なり』と。又た曰く、『鄭声の雅楽を乱すを悪む』『鄭・衛の音は、亡国の音なり』と。此れは是れ孔門の家法なり。孔子の定むる所の三百篇は、皆な所謂る雅楽なり。皆な之を郊廟に奏すべく、之を郷党に奏すべし。皆な和平を宣暢し、徳性を涵泳し、風を移し俗を易うる所以なり。安くんぞ此れ有るを得んや。是れ淫を長じ奸を導くなり。此れ必ず秦火の後、世儒の附会して、以て三百篇の数を足すならん。蓋し淫泆の詞は、世俗多く伝うるを喜ぶ所なり。如今の閭巷も皆な然り。『悪き者は以て人の逸志を懲創すべし』とは、是れ其の説を求めて得ず、従いて之が辞を為すなり」と。
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伝習録・徐愛録愛、文中子と韓退之とを問う。先生曰く、「退之は、文人の雄なるのみ。文中子は、賢儒なり。後人は徒らに文詞の故を以て、退之を推尊す。其の実、退之は文中子を去ること遠甚し」と。愛問う、「何を以て擬経の失有るか」と。先生曰く、「擬経は恐らくは未だ尽くは非とすべからず。且つ説かん、後世の儒者の著述の意と擬経とは如何」と。愛曰く、「世儒の著述は、名に近づくの意無きにしも非ず。然れども期するに道を明らかにするを以てす。擬経は純ら名の為なるが若し」と。先生曰く、「著述して以て道を明らかにす。亦た何の効法する所ぞ」と。曰く、「孔子の『六経』を刪述するは、以て道を明らかにするなり」と。先生曰く、「然らば則ち擬経は独り孔子に効法するに非ずや」と。愛曰く、「著述は、即ち道に於て発明する所有り。擬経は、徒らに其の跡を擬するに似たり。恐らくは道に於て補う無し」と。先生曰く、「子は道を明らかにする者を以て、其れをして樸に反り淳に還りて諸を行事の実に見(あら)わさしめんとするか。抑(そもそ)も将た其の言辞を美にして、徒らに以て世に譊譊(どうどう)せんとするか。天下の大乱は、虚文勝ちて実行衰うるに由るなり。道をして天下に明らかならしめば、則ち『六経』は述ぶるを必せず。『六経』を刪述するは、孔子の已むを得ざるなり。伏羲の卦を画きしより、文王・周公に至るまで、其の間、『易』を言うこと、『連山』『帰蔵』の属の如き、紛紛籍籍として、其の幾ばくかを知らず。『易』道は大いに乱る。孔子は天下の文を好むの風、日に盛んなるを以て、其の説の将に紀極無からんとするを知り、是に於て文王・周公の説を取りて之を賛し、以て惟だ此のみ其の宗を得たりと為す。是に於て紛紛の説は尽く廃して、天下の『易』を言う者、始めて一なり。『書』『詩』『礼』『楽』『春秋』も皆な然り。『書』は『典』『謨』より以後、『詩』は『二南』より以降、『九丘』『八索』の如き、一切の淫哇逸蕩の詞は、蓋し其の幾千百篇なるを知らず。『礼』『楽』の名物度数は、是に至りて亦た勝げて窮むべからず。孔子は皆な刪削して之を述正す。然る後に其の説始めて廃る。『書』『詩』『礼』『楽』の中の如き、孔子は何ぞ嘗て一語を加えん。今の『礼記』の諸説は、皆な後儒の附会して成る。已に孔子の旧に非ず。『春秋』に至りては、孔子之を作ると称すと雖も、其の実は皆な魯史の旧文なり。所謂る『筆』とは、其の旧を筆するなり。所謂る『削』とは、其の繁を削るなり。是れ減有りて増無し。孔子の『六経』を述ぶるは、繁文の天下を乱すを懼れ、惟だ之を簡にせんとして得ざればなり。天下をして務めて其の文を去りて以て其の実を求めしむ。文を以て之を教うるに非ざるなり。『春秋』より以後、繁文は益ます盛んにして、天下は益ます乱る。始皇の焚書して罪を得たるは、是れ私意より出づ。又た『六経』を焚くに合せず。若し当時、志、道を明らかにするに在らば、其の諸々の経に反し理に叛くの説を、悉く取りて之を焚かば、亦た正に刪述の意に暗合せん。秦・漢より以降、文は又た日に盛んなり。若し尽く之を去らんと欲するも、断じて去る能わず。只だ宜しく孔子に法を取り、其の是に近き者を録して之を表章せば、則ち其の諸々の怪悖の説も、亦た宜しく漸漸として自ら廃るべし。知らず、文中子の当時、擬経の意は如何。某は切に深く其の事に取る有り。以為えらく聖人復た起こるも、易うる能わじと。天下の治まらざる所以は、只だ文盛んにして実衰うるに因る。人は己見を出し、新奇に相い高くし、以て俗を眩まし誉を取る。徒らに以て天下の聡明を乱し、天下の耳目を塗(ふさ)ぎ、天下をして靡然として争いて文詞を修飾するに務め、以て世に知られんことを求めしむ。而して復た本を敦くし実を尚び、樸に反り淳に還るの行い有るを知らず。是れ皆な著述者の以て之を啓く有ればなり」と。愛曰く、「著述も亦た欠くべからざる者有り。『春秋』の一経の如きは、若し『左伝』無くんば、恐らくは亦た暁り難からん」と。先生曰く、「『春秋』は必ず『伝』を待ちて而る後に明らかならば、是れ歇後の謎語なり。聖人は何ぞ苦しんで此の艱深隠晦の詞を為さんや。『左伝』は多く是れ魯史の旧文なり。若し『春秋』は須らく此を待ちて而る後に明らかなるべくんば、孔子は何ぞ必ずしも之を削らんや」と。愛曰く、「伊川も亦た云う、『「伝」は是れ案、「経」は是れ断』と。書して『某君を弑す』『某国を伐つ』と如(い)うが如きは、若し其の事を明らかにせずんば、恐らくは亦た断じ難からん」と。先生曰く、「伊川の此の言も、恐らくは亦た是れ世儒の説に相い沿うて、未だ聖人の経を作るの意を得ざらん。書して『君を弑す』と如うが如きは、即ち君を弑するは便ち是れ罪なり。何ぞ必ずしも更に其の君を弑するの詳を問わんや。征伐は当に天子より出づべし。書して『国を伐つ』と如えば、即ち国を伐つは便ち是れ罪なり。何ぞ必ずしも更に其の国を伐つの詳を問わんや。聖人の『六経』を述ぶるは、只だ是れ人心を正さんことを要し、只だ是れ天理を存し人欲を去らんことを要す。天理を存し人欲を去るの事に於ては、則ち嘗て之を言えり。或いは人の請問に因り、各々分量に随いて説く。亦た多くは道うを肯んぜず。人の専ら之を言語に求むるを恐る。故に『予は言う無からんと欲す』と曰う。若し是れ一切の人欲を縦にし天理を滅ぼすの事は、又た安くんぞ肯えて詳らかにして以て人に示さんや。是れ乱を長じ奸を導くなり。故に孟子云う、『仲尼の門には、桓・文の事を道う者無し。是を以て後世に伝わる無し』と。此れ便ち是れ孔門の家法なり。世儒は只だ一個の伯者の学問を講じ得たり。所以に許多の陰謀詭計を知り得んことを要す。純ら是れ一片の功利の心なり。聖人の経を作るの意思と正に相い反す。如何ぞ思量し得て通ぜんや」と。因りて嘆じて曰く、「此れ天徳に達する者に非ずんば、未だ与に此を言い易からざるなり」と。又た曰く、「孔子云う、『吾は猶お史の闕文に及べり』と。孟子云う、『尽く「書」を信ぜば「書」無きに如かず。吾は「武成」に於て、二三策を取るのみ』と。孔子の『書』を刪るや、唐・虞・夏の四五百年の間に於て数篇に過ぎず。豈に更に一事も無からんや。而して述ぶる所は此に止まる。聖人の意は知るべし。聖人は只だ是れ繁文を刪り去らんことを要す。後儒は却って只だ添え上げんことを要す」と。愛曰く、「聖人の経を作るは、只だ是れ人欲を去り天理を存せんことを要す。五伯以下の事の如きは、聖人は詳らかにして以て人に示すを欲せずんば、則ち誠に然り。堯・舜以前の事の如きに至りては、如何ぞ略ぼ少しも見えざる」と。先生曰く、「羲・黄の世、其の事は闊疏なり。之を伝うる者は鮮し。此れ亦た以て想見すべし。其の時は全く是れ淳龐樸素、略ぼ文采無きの気象なり。此れ便ち是れ太古の治なり。後世の及ぶべきに非ず」と。愛曰く、「『三墳』の類の如きも、亦た伝うる者有り。孔子は何を以て之を刪るか」と。先生曰く、「縦い伝うる者有るも、亦た世変に於て漸く宜しき所に非ず。風気は益ます開け、文采は日に勝る。周末に至りては、夏・商の俗を以て変ぜんと欲すと雖も、已に挽く可からず。況んや唐・虞をや。又た況んや羲・黄の世をや。然れども其の治は同じからず。其の道は則ち一なり。孔子は堯・舜に於ては則ち之を祖述し、文・武に於ては則ち之を憲章す。文・武の法は、即ち是れ堯・舜の道なり。但だ時に因りて治を致すに、其の設施政令は、已に自ら同じからず。即ち夏・商の事業を之を周に施すも、已に合わざる有り。故に『周公は三王を兼ぬるを思い、其の合わざる有らば、仰ぎて之を思い、夜を以て日に継ぐ』。況んや太古の治は、豈に復た行う能わんや。斯れ固より聖人の略すべき所なり」と。又た曰く、「専ら無為を事とし、三王の時に因りて治を致すが如くする能わずして、必ず太古の俗を以て行わんと欲するは、即ち是れ仏・老の学術なり。時に因りて治を致すも、三王の一に道に本づくが如くする能わずして、功利の心を以て之を行うは、即ち是れ伯者以下の事業なり。後世の儒者、許多に講じ来たり講じ去るも、只だ是れ個の伯術を講じ得たり」と。
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言志四録・言志耋録 第二百二十条 人道は六経に尽く天道は、都て是れ吉凶悔吝にして、易なり。人情は、都て是れ国風雅頌にして、詩なり。政事は、都て是れ訓誥誓命にして、書なり。交際は、都て是れ恭敬辞譲にして、礼なり。人心は、都て是れ感動和楽にして、楽なり。賞罰は、都て是れ抑揚褒貶にして、春秋なり。即ち人道は六経に於て之を尽くすを知る。
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『近思録』巻3 致知秦より下、其の学伝はらず。予夫の聖人の志の後世に明らかならざるを悼む、故に伝を作りて以て之を明らかにす。後の人をして、其の文に通じて其の義を求め、其の意を得て其の用に法らしめば、則ち三代復すべきなり。是の伝や、未だ聖人の蘊奥を極むること能はずと雖も、庶幾はくは学者其の門を得て入らん。詩書は道を載するの文、春秋は聖人の用なり。詩書は薬方の如く、春秋は薬を用ひて病を治するが如し。聖人の用は、全く此の書に在り、所謂「之を行事に載するの深切著明なるに如かず」なる者なり。重畳して言ふ者有り、征伐盟会の類の如し。蓋し書を成さんと欲すれば、勢ひ須らく此の如くなるべし。事事に各々異義を求むべからず、但だ一字異なる有り、或いは上下の文異なれば、則ち義須らく別なるべし。五経の春秋有るは、猶ほ法律の断例有るがごときなり。律令は唯だ其の法を言ふ、断例に至りては、則ち始めて其の法の用を見るなり。春秋を学ぶも亦た善し。一句是れ一事なり。是非便ち此に見る。此れ亦た理を窮むるの要なり。然れども他経豈に以て理を窮むべからざらんや。但だ他経は其の義を論じ、春秋は其の行事に因りて是非較著なり、故に理を窮むるに要と為す。嘗て学者に語る、且く先づ論語孟子を読み、更に一経を読みて、然る後に春秋を看よと。先づ箇の義理を識り得て、方に春秋を看るべし。春秋は何を以て準と為す。中庸に如くは無し。中庸を知らんと欲せば、権に如くは無し。須らく是れ時にして中を為すべし。若し手足胼胝すると、戸を閉ぢて出でざるとを以て、二者の間に中を取らば、便ち是れ中ならず。若し手足胼胝すべきに当たれば、則ち此に於て中と為す。戸を閉ぢて出でざるべきに当たれば、則ち此に於て中と為す。権の言為る、秤錘の義なり。何物をか権と為す。義なり、時なり。只だ是れ説きて義に到り得るのみ、義以上は更に説き難し、人の自ら看ること如何に在り。春秋は伝を按と為し、経を断と為す。
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史記 太史公自序上大夫壺遂曰く、「昔、孔子何為れぞ春秋を作れるか」と。太史公曰く、「余、董生に聞く、曰く、『周道衰廃し、孔子魯の司寇と為る。諸侯之を害し、大夫之を壅ぐ。孔子言の用ひられず、道の行はれざるを知るや、二百四十二年の中を是非し、以て天下の儀表と為し、天子を貶し、諸侯を退け、大夫を討ち、以て王事を達するのみ』と。子曰く、『我之を空言に載せんと欲するも、之を行事に見すことの深切著明なるに如かざるなり』と。夫れ春秋は、上は三王の道を明らかにし、下は人事の紀を弁じ、嫌疑を別ち、是非を明らかにし、猶予を定め、善を善とし悪を悪とし、賢を賢とし不肖を賤しみ、亡国を存し、絶世を継ぎ、敝を補ひ廃を起こす。王道の大なる者なり。易は天地・陰陽・四時・五行を著す。故に変に長ず。礼は人倫を経紀す。故に行ひに長ず。書は先王の事を記す。故に政に長ず。詩は山川谿谷・禽獣草木・牝牡雌雄を記す。故に風に長ず。楽は楽しむ所以にして立つ。故に和に長ず。春秋は是非を弁ず。故に人を治むるに長ず。是の故に礼は以て人を節し、楽は以て和を発し、書は以て事を道ひ、詩は以て意を達し、易は以て化を道ひ、春秋は以て義を道ふ。乱世を撥めて之を正に反すは、春秋より近きは莫し。春秋は文成ること数万、其の指は数千。万物の散聚は皆春秋に在り。春秋の中、君を弑すること三十六、国を亡ぼすこと五十二、諸侯奔走して其の社稷を保つを得ざる者、勝げて数ふ可からず。其の所以を察するに、皆其の本を失ふのみ。故に易に曰く、『之を豪釐に失へば、差ふに千里を以てす』と。故に曰く、『臣君を弑し、子父を弑するは、一旦一夕の故に非ざるなり。其の漸久し』と。故に国を有つ者は以て春秋を知らざる可からず。前に讒有れども見ず、後に賊有れども知らず。
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