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所謂修身在正其心者:身有所忿懥,則不得其正;有所恐懼,則不得其正;有所好樂,則不得其正;有所憂患,則不得其正。心不在焉,視而不見,聽而不聞,食而不知其味。此謂修身在正其心。

新字:所謂修身在正其心者:身有所忿懥,則不得其正;有所恐懼,則不得其正;有所好楽,則不得其正;有所憂患,則不得其正。心不在焉,視而不見,聴而不聞,食而不知其味。此謂修身在正其心。

書き下し

謂う所の身を修むるは其の心を正すに在りとは、身に忿懥(ふんち)する所あれば、則ち其の正しきを得ず。恐懼(きょうく)する所あれば、則ち其の正しきを得ず。好楽(こうぎょう)する所あれば、則ち其の正しきを得ず。憂患(ゆうかん)する所あれば、則ち其の正しきを得ず。心焉(ここ)に在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえども其の味を知らず。此れ身を修むるは其の心を正すに在りと謂う。

現代語訳

「自分の行いを修めるためには、まず心を正しくしなければならない」というのはこういうことだ。自分の中に怒りや恨みの感情があると、心は正しさを保てない。恐れや不安があると、心は正しさを保てない。何かに心を奪われ溺れる(過度な好楽)と、心は正しさを保てない。心配事や憂いがあると、心は正しさを保てない。心がそこ(本来あるべき平静な状態)になければ、目で見ても対象がしっかりと見えず、耳で聞いても内容が聞こえず、食べ物を食べてもその味が分からない。これが、「行いを修めるのは心を正すことにある」という意味である。

解説

「正心」と「修身」の関係を説いた、マインドフルネスの真髄とも言える段落です。怒り、恐れ、過度な欲望、心配事といった強い感情に心が支配されると、私たちは目の前の現実を正しく認識できなくなります。「心ここにあらず」の状態では、どんなに正しい行動を取ろうとしても空回りしてしまいます。現代のストレス社会においても、情報や感情に振り回されて「見ていても見えない」状態に陥りがちです。まずは深呼吸をして心を「今、ここ」のフラットな状態に戻すこと(正心)が、すべての適切な行動(修身)の前提となるのです。

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