大学
湯之盤銘曰:「茍日新,日日新,又日新。」《康誥》曰:「作新民。」《詩》曰:「周雖舊邦,其命惟新。」是故君子無所不用其極。
新字:湯之盤銘曰:「苟日新,日日新,又日新。」《康誥》曰:「作新民。」《詩》曰:「周雖旧邦,其命惟新。」是故君子無所不用其極。
書き下し
湯(とう)の盤銘(ばんめい)に曰く、「苟(まこと)に日に新たに、日日に新たに、又(また)日に新たなり」と。《康誥》に曰く、「新たなる民を作(な)す」と。《詩》に曰く、「周は旧邦と雖(いえど)も、其の命(めい)惟(こ)れ新たなり」と。是の故に君子は其の極(きょく)を用いざる所無し。
現代語訳
殷の湯王が沐浴のたらいに刻んだ戒めの言葉には「まことに、今日一日を新しい自分として生き、毎日毎日自分を新しくし、さらに次の日も自分を新しくしていこう」とある。『書経』の康誥篇には「人々を教化して、日々新たな民とする」とある。『詩経』には「周は古い国ではあるが、天から受けた使命は常に新しい」とある。だからこそ、立派な人物は、自分を新しくし、他者を新しくするために、あらゆる努力を尽くして最高の境地を目指すのである。
解説
大学の第二の綱領である「親民」(民を新たにする、ここでは「新民」の意)について説いた段落です。湯王が毎日顔を洗う器に「日々新」と刻み、毎日自分をリセットして成長しようとした逸話は非常に有名です。個人が昨日より今日、今日より明日と常にアップデートし続ける姿勢は、やがて周囲の人々(民)や組織(国)をも新しく生まれ変わらせる力になります。変化の激しい現代においても、過去の成功や慣習に縛られず、常に心身をリフレッシュして新しい挑戦を続ける「日々新」の精神は、最強の自己成長のメソッドと言えます。
この章句が説くこと
日々新新民自己アップデート変化
関連する章句
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『大和俗訓』巻之一・為学上一心学に志す人は、日新の工夫を用ふべし。日に新にすとは、昨日のふるき悪をあらためて、今日あたらしく善にうつり、けふは昨日にまさりて新しくなるを、日に新にすといふ。如此なれば、今日は是にして、きのふは非なることを覚ゆべし。かやうに勤めて止まざれば、日々に工夫進み、月々に異にして、年々に同じからず。一日は一日の功あり、一月には三十日の功あり、一年には三百六十日の功あり、三年には千日の功ありて、徳にすすみ善にうつりゆかば、其楽極りなくして、手の舞ひ足の踏むことを知らざるべし。かくのごとく進み行かば、君子となること必期すべし。若けふは昨日にかはらず、今月は前月にことならず、ことしは去年に同じくば、日に新にする力なくして、いつまでも愚者にて世を終らんこと口をし。
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尚書・康誥已(や)んぬるかな、汝惟れ小子、乃の服惟れ弘し。王殷の民を応保し、亦惟れ王を助けて天命を宅(さだ)め、新民を作せ。」王曰く、「嗚呼(ああ)、封よ。敬みて乃の罰を明らかにせよ。
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『洗心洞箚記』卷下・第六十三條大学の首章、明の字、親の字、止の字、皆自ら責むるの功なり。如し親の字を改めて新の字と作さば、則ち自ら責めずして之を人に責む。之を人に責むれば、則ち大学の本旨に非ざるなり。而して新は彼に属す。彼に属する者は、聖人と雖も之を如何ともする無し。堯舜は聖人なり。子を愛するの明徳を明らかにして、而して丹朱商均は不肖に終りて、新たにするを肯ぜず。禹は父を愛するの明徳を明らかにして、而して鯀は命に方(さから)ひ族を圮(やぶ)るに終りて、新たにするを肯ぜず。周公は兄弟を友愛するの明徳を明らかにして、而して管叔蔡叔不軌を謀り、社稷を危くし、以て骨肉を傷りて、新たにするを肯ぜず。孔氏三世男女室に居るの明徳を明らかにして、而して皆妻を出す。則ち其の室各必ず七出を犯して、新たにするを肯ぜず。諸葛武侯は忠の明徳を明らかにして後主に事へ、後主は庸愚に終りて、新たにするを肯ぜず。是を以て之を観れば、則ち聖賢と雖も尽く之を新たにすること能はず。故に新の字と作すは味無くして、吾が道窮まる。故に曰く、大学の本旨に非ずと。
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『論語と算盤』理想と迷信・日新なるを要す社会は日に月に進歩するには相違ないが、世間のことは久しくすると、その間に弊を生じ、長は短となり、利は害となるを免れぬ。特に因襲が久しければ、溌溂の気がなくなる。ゆえに古人も言うた、湯の盤の銘に「いやしくも日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり」とある。何でもないことだが、日々に新たにしてまた日に新たなりは面白い。すべて形式に流れると精神が乏しくなる。何でも日に新たの心懸けが肝要である。
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尚書・咸有一德惟れ吉凶僭(たが)はざるは人に在り、惟れ天災祥を降すは徳に在り。今嗣王新たに厥(そ)の命に服す、惟れ厥の徳を新たにせよ。終始惟れ一、時(こ)れ乃ち日に新たなり。
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『論語と算盤』立志と学問・大正維新の覚悟維新ということは、湯の盤の銘に曰う「まことに日に新たなり、日に日に新たにして、また日に新たなり」という意味であるから、潑溂たる気力を発揮するときは、自然に生まれたる新気力を生じ、進鋭の活動が出来るのである。大正維新というも畢竟この意味で、大いに覚悟を定めて、上下一致の活動を現したいものであるが、一般が保守退嬰の風に傾いている際であるから、一層の奮励努力を要するので、これを明治維新の人物の活動に比較して大いに猛省せねばならぬ。明治維新以来の事業中には、失敗に帰したものもあったが、多数の事業は非常なる元気と精力とをもって、駸々として発展し来ったので、他に種々な原因があったにしろ、元気と精力の偉大なるものである。
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