大学
《康誥》曰:「克明德。」《太甲》曰:「顧諟天之明命。」《帝典》曰:「克明峻德。」皆自明也。
新字:《康誥》曰:「克明徳。」《太甲》曰:「顧諟天之明命。」《帝典》曰:「克明峻徳。」皆自明也。
書き下し
《康誥》(こうこう)に曰く、「克(よ)く徳を明らむ」と。《太甲》(たいこう)に曰く、「諟(こ)の天の明命を顧(かえり)みる」と。《帝典》(ていてん)に曰く、「克く峻徳(しゅんとく)を明らむ」と。皆自ら明らむるなり。
現代語訳
『書経』の康誥篇には「立派に徳を明らかにした」とある。太甲篇には「天から授かった明らかな命令(本性)を振り返り、常に心に留める」とある。帝典篇(堯典)には「立派に大いなる徳を明らかにした」とある。これらはすべて、自分自身の内に備わっている徳を自ら明らかにすることの大切さを説いたものである。
解説
『書経』の三つの篇を引用し、大学の最初の綱領である「明明徳」(明徳を明らかにする)の裏付けを行っています。古代の聖王たちも、決して外部から何か特別なものを手に入れたわけではなく、「天から与えられた自らの真っ直ぐな本性(徳)を、自分自身の力で明るく輝かせた」のだと強調しています。現代を生きる私たちも、外側にばかり答えや評価を求めるのではなく、自分の中に本来ある善き心や才能を見つめ直し、それを曇らせることなく発揮していくことが成長の第一歩となります。
この章句が説くこと
明明徳自己探求本質書経
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