師導古典を学びたいすべての人に

中庸

《詩》曰:「奏假無言,時靡有爭。」是故君子不賞而民勸,不怒而民威於鈇鉞。

新字:《詩》曰:「奏仮無言,時靡有争。」是故君子不賞而民勧,不怒而民威於鈇鉞。

書き下し

詩に曰く、『奏假(そうかく)して言うこと無く、時に争い有ること靡(な)し』と。是の故に君子は賞せずして民勧(すす)み、怒らずして民は鈇鉞(ふえつ)よりも威(おそ)る。

現代語訳

『詩経』に「神前に進み出て静かに祈り、言葉を発することもないのに、その場には争いごとがひとつも起こらない」とある。だから君子は、褒賞を与えなくても民は自ら励み、怒りをあらわにしなくても、民はまさかりや斧の刑罰よりも畏れ慎むのである。

解説

理想の政治を一行で言い切った、驚くべき一段です。褒賞で釣らなくても人は励み、怒鳴らなくても人は畏れ慎む。これは飴も鞭も使わない導き方です。ではなぜ人が動くのか。それは上に立つ者の内側にある誠が、言葉を介さずに伝わるからです。冒頭からの流れを思い出してください。慎独があり、内省して疚しくなく、暗い隅にいても恥じない。その積み重ねが、無言の影響力になるのです。現実には、褒めることも叱ることも必要でしょう。しかし、それだけで人が動くうちは、まだ浅い。賞罰の下に、誠がなければならないのです。

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ