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中庸

至誠之道,可以前知。國家將興,必有禎祥;國家將亡,必有妖孽。見乎蓍龜,動乎四體。禍福將至:善,必先知之;不善,必先知之。故至誠如神。

新字:至誠之道,可以前知。国家将興,必有禎祥;国家将亡,必有妖孽。見乎蓍龜,動乎四体。禍福将至:善,必先知之;不善,必先知之。故至誠如神。

書き下し

至誠の道は、以て前知すべし。国家将(まさ)に興らんとすれば、必ず禎祥(ていしょう)有り。国家将に亡びんとすれば、必ず妖孽(ようげつ)有り。蓍亀(しき)に見(あら)われ、四体に動く。禍福(かふく)の将に至らんとするや、善なるも必ず先ず之を知り、不善なるも必ず先ず之を知る。故に至誠は神の如し。

現代語訳

至誠の道を極めれば、先のことを察知できるようになる。国家が興ろうとするときには、必ずめでたい兆しが現れる。国家が滅びようとするときには、必ず不吉な兆しが現れる。それは占いの筮竹や亀甲に現れ、人の立ち居振る舞いにも現れる。災いや幸いがやって来ようとするとき、良いことも必ず前もって察知でき、良くないことも必ず前もって察知できる。だから至誠は神のようなものなのである。

解説

至誠が予知の力をもたらすと語る、やや神秘的に響く一段です。しかしこれは超能力の話ではありません。物事が起こる前には、必ず小さな兆しが現れている。ただし、それに気づけるかどうかは、その人の澄み具合、つまり誠のありようによるということです。心が欲や思い込みで濁っていれば、目の前の兆しも見えません。逆に澄んだ心で誠実に向き合っている人は、わずかな異変を敏感に感じ取ります。経営でも同じで、優れた経営者は数字が悪化する前に現場の空気の変化に気づきます。それを勘と呼びますが、正体は日々の誠実な観察の蓄積です。神がかりではなく、澄んだ目が見せる当たり前の予兆なのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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