中庸
子曰:「鬼神之為德,其盛矣乎!視之而弗見,聽之而弗聞,體物而不可遺。使天下之人齊明盛服,以承祭祀,洋洋乎如在其上,如在其左右。《詩》曰:『神之格思,不可度思!矧可射思!』夫微之顯,誠之不可掩如此夫。」
新字:子曰:「鬼神之為徳,其盛矣乎!視之而弗見,聴之而弗聞,体物而不可遺。使天下之人斉明盛服,以承祭祀,洋洋乎如在其上,如在其左右。《詩》曰:『神之格思,不可度思!矧可射思!』夫微之顕,誠之不可掩如此夫。」
書き下し
子曰く、「鬼神の徳為(た)る、其れ盛んなるかな。之を視れども見えず、之を聴けども聞こえず、物に体して遺(のこ)すべからず。天下の人をして斉明(せいめい)盛服して、以て祭祀を承(う)けしむ。洋洋乎(ようようこ)として其の上に在るが如く、其の左右に在るが如し。詩に曰く、『神の格(いた)ること、度(はか)るべからず。矧(いわ)んや射(いと)うべけんや』と。夫れ微の顕なる、誠の掩(おお)うべからざること此(かく)の如きか」と。
現代語訳
孔子は言われた。「目に見えぬはたらきの徳は、なんと盛んなものだろうか。見ようとしても見えず、聞こうとしても聞こえない。それでいて万物のすべてに宿り、ひとつとして漏らすところがない。天下の人々に身を清め、正装させて祭祀を行わせる。すると、それは満ち満ちて、頭上にあるかのようであり、左右にあるかのようである。『詩経』に『神が降りてくるさまは、はかり知ることができない。まして、いい加減にあしらうことなどできようか』とある。かすかなものが、かえってはっきりと現れる。誠というものが決して覆い隠せないのは、まさにこのようなものなのだ」と。
解説
目に見えないものの力を語りながら、最後に「誠は隠せない」という結論に着地する、鮮やかな一段です。見えず聞こえないのに、確かにそこに満ちていて、万物に宿っている。その存在感を前にして、人は自然と居住まいを正すのです。そして孔子が引き出す教訓は、超自然的な話ではありません。かすかなものほどはっきり現れる、つまり、あなたの内側にある誠実さも不誠実さも、覆い隠すことはできないという一点です。冒頭の「慎独」と響き合っています。取り繕った態度は、必ずどこかに滲み出る。逆に、静かな誠実さも、言わずとも伝わっていきます。人が見ていないところでの自分こそが、実は最もよく見られているのです。
この章句が説くこと
鬼神の徳微之顕誠は掩えず慎独と響き合う慎独
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