中庸
子曰:「人皆曰『予知』,驅而納諸罟擭陷阱之中,而莫之知辟也。人皆曰『予知』,擇乎中庸,而不能期月守也。」
新字:子曰:「人皆曰『予知』,駆而納諸罟擭陥阱之中,而莫之知辟也。人皆曰『予知』,択乎中庸,而不能期月守也。」
書き下し
子曰く、「人皆『予(われ)知れり』と曰えども、駆(か)りて諸(これ)を罟擭(こかく)陥阱(かんせい)の中に納(い)るるも、之を辟(さ)くるを知る莫(な)し。人皆『予知れり』と曰えども、中庸を択びて、期月(きげつ)も守ること能わず」と。
現代語訳
孔子は言われた。「人はみな『自分は分かっている』と言う。ところが、追い立てられて網や落とし穴の中に追い込まれても、それを避ける術を知らないのだ。人はみな『自分は分かっている』と言う。ところが、中庸を選び取ったとしても、それをひと月すら守り通すことができないのだ」と。
解説
「分かっている」と「できている」はまるで違う、という痛烈な指摘です。前半では、自分は賢いと思っている人ほど、目の前の罠に自ら飛び込んでいく皮肉を描きます。後半はさらに手厳しく、たとえ正しい道を選び取れたとしても、たった一か月も続けられないと言うのです。中庸の難しさは、理解の難しさではなく、持続の難しさにあります。新しい習慣や方針を決めた直後は誰もが本気ですが、数週間で元に戻る。私たちが日々経験していることそのものです。だから大切なのは、知識を増やすことよりも、選んだ一つを守り抜くことです。知っていることと、続けられることの間には、深い断絶があります。
この章句が説くこと
知行の断絶継続の難しさ期月も守れず習慣化実践習慣
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