中庸
子曰:「道之不行也,我知之矣:知者過之,愚者不及也。道之不明也,我知之矣:賢者過之,不肖者不及也。人莫不飲食也,鮮能知味也。」
書き下し
子曰く、「道の行われざるや、我之を知れり。知者は之に過ぎ、愚者は及ばざるなり。道の明らかならざるや、我之を知れり。賢者は之に過ぎ、不肖者は及ばざるなり。人飲食せざるは莫きも、能く味を知ること鮮(すく)なし」と。
現代語訳
孔子は言われた。「道が世に行われない理由を、私は知っている。知恵のある者は行き過ぎてしまい、愚かな者は届かないからだ。道が世に明らかにならない理由も、私は知っている。優れた者は考えが行き過ぎてしまい、劣った者は理解が届かないからだ。人は誰でも毎日飲み食いをしているが、その味を本当に分かっている者はほとんどいないのだ」と。
解説
中庸が実現しない原因を「過ぎる」と「及ばない」の二方向から説いた一段です。注目すべきは、行き過ぎるのが知者・賢者だとされている点です。頭の良い人ほど理屈を突き詰め、極端に走って現実から浮いてしまう。逆に不足する人は考えが届かない。どちらも同じく道を外しています。締めくくりの「飲食しているのに味を知らない」という比喩が見事です。毎日やっていることほど、無自覚になり、本質を味わえなくなる。仕事も人間関係も同じで、慣れた業務ほど「なぜこれをやるのか」を考えなくなります。過不足を疑い、当たり前を味わい直すこと。それが道を取り戻す第一歩です。
この章句が説くこと
過猶不及知者の行き過ぎ日常の無自覚本質を味わう節度柔軟性
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