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呂氏春秋 / 處方⑤

今有人於此,擅矯行則免國家,利輕重則若衡石,為方圜則若規矩,此則工矣巧矣,而不足法。法也者,眾之所同也,賢不肖之所以其力也。謀出乎不可用,事出乎不可同,此為先王之所舍也。

新字:今有人於此,擅矯行則免国家,利輕重則若衡石,為方圜則若規矩,此則工矣巧矣,而不足法。法也者,眾之所同也,賢不肖之所以其力也。謀出乎不可用,事出乎不可同,此為先王之所舎也。

書き下し

今、人此に有り、擅に行いを矯めば則ち國家を免れしめ、輕重を利すれば則ち衡石の如く、方圜を為せば則ち規矩の若くす。此れ則ち工なり巧なり。而れども法るに足らず。法なる者は、衆の同じくする所なり。賢不肖の其の力を以うる所なり。謀の用う可からざるに出で、事同じくす可からざるに出づるは、此れ先王の舍つる所なり。

現代語訳

今ここに人がいて、勝手に独断で行いを正して国家を危難から免れさせ、軽重を計れば秤のように正確で、方円を作れば定規やコンパスのようだとする。これはまさに巧みで見事だ。しかし法(手本)とするには足りない。法というものは、多くの人が共有できるもの、賢者も愚者もその力を発揮できるものだ。謀りごとが誰にも用いられないところから出て、事がみなと同じくできないところから出るのは、これこそ先王が捨てたものである。

解説

この段は、個人の卓越した技能と、万人が共有できる法(制度)を区別します。独断で見事な処置をする達人がいても、その巧みさは本人限りで再現できず、手本にはならない、と説きます。背景には、属人的な名人芸より、誰もが従い力を発揮できる普遍的な規範を重んじる法思想があります。核心は、法とは賢愚を問わず共有され機能するものであり、他人が用いられず皆と同じくできない謀事は先王が退けたという点です。現代の組織運営でも、一部の天才に依存する属人的な仕組みは持続せず、標準化され誰もが回せる制度こそが安定と拡大を支えます。個人技の称賛より仕組み化を優先すべきだという、経営や制度設計に直結する洞察です。

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