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呂氏春秋 / 貴當③

君有好獵者,曠日持久而不得獸,入則媿其家室,出則媿其知友州里。惟其所以不得之故,則狗惡也。欲得良狗,則家貧無以。於是還疾耕,疾耕則家富,家富則有以求良狗,狗良則數得獸矣,田獵之獲常過人矣。非獨獵也,百事也盡然。霸王有不先耕而成霸王者,古今無有。此賢者不肖之所以殊也。賢不肖之所欲與人同,堯、桀、幽、厲皆然,所以為之異。故賢主察之,以為不可,弗為;以為可,故為之。為之必繇其道,物莫之能害,此功之所以相萬也。

新字:君有好猟者,曠日持久而不得獣,入則媿其家室,出則媿其知友州里。惟其所以不得之故,則狗悪也。欲得良狗,則家貧無以。於是還疾耕,疾耕則家富,家富則有以求良狗,狗良則数得獣矣,田猟之獲常過人矣。非独猟也,百事也尽然。覇王有不先耕而成覇王者,古今無有。此賢者不肖之所以殊也。賢不肖之所欲与人同,堯、桀、幽、厲皆然,所以為之異。故賢主察之,以為不可,弗為;以為可,故為之。為之必繇其道,物莫之能害,此功之所以相万也。

書き下し

齊人に獵を好む者有り、曠日持久にして獸を得ず。入れば則ち其の家室に媿ぢ、出づれば則ち其の知友州里に媿づ。其の得ざる所以の故を惟うに、則ち狗惡ければなり。良狗を得んと欲するも、則ち家貧しくて以てする無し。是に於て還り耕に疾む。耕に疾むれば則ち家富む、家富めば則ち以て良狗を求むる有り。狗良ければ則ち數々獸を得、田獵の獲、常に人に過ぐ。獨り獵のみに非ざるなり。百事も盡く然り。霸王の先づ耕さずして霸王を成すこと有る者は、古今有ること無し。此れ賢者不肖の殊なる所以なり。賢不肖の欲する所は人と同じ。堯・桀・幽・厲、皆然り。之を為す所以異なる。故に賢主は之を察し、以て不可と為せば、為さず、以て可と為す、故に之を為す。之を為すに必ず其の道に繇れば、物之を能く害すること莫し。此れ功の相萬する所以なり。

現代語訳

斉に狩猟を好む者がいたが、長い年月むなしく費やしても獣が獲れなかった。家に入れば家族に恥じ、外へ出れば友人や郷里の人に恥じた。獲れない理由を考えると、犬が劣っているからだった。良い犬を得ようとしても、家が貧しくてその手立てがない。そこで帰って懸命に耕作した。懸命に耕せば家は富み、家が富めば良い犬を求める手立てができ、犬が良ければしばしば獣が獲れ、狩りの獲物は常に人より多くなった。狩猟だけではない。あらゆる事がすべてそうである。覇王で、まず基礎を耕さずに覇業を成した者は、古今存在しない。これが賢者と愚者の分かれるゆえんである。賢者も愚者も望むことは人と同じである。堯も桀も幽王も厲王も皆そうだ。だがそれを実現するやり方が異なる。だから賢主はよく見極め、不可と判断すれば行わず、可と判断すればそれを行う。それを行うのに必ず正しい道によれば、何もこれを妨げられない。これが功績が万倍もの差となるゆえんである。

解説

この段は、獲物が獲れない狩人が、原因は劣った猟犬にあると気づき、良犬を買う元手を作るためにまず懸命に耕して家を富ませ、結果として狩りの成果を上げた寓話です。目先の狩りに固執せず、遠回りに見える基礎固めから始めた点が核心で、覇業もまず土台を耕さずに成った例はないと敷衍します。賢者と愚者は望みは同じでも、実現の順序と方法が違うと説きます。背景には、根本から正しい道筋で事を運ぶという「貴当(当を貴ぶ)」の思想があります。現代でも、成果が出ないとき、対象そのものより前提や基盤を整え直すことが近道になります。正しい順序で土台から築く発想の大切さを教えてくれます。

この一句を、あなたの毎日に。

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