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呂氏春秋 / 長利⑤

戎夷違齊如魯,天大寒而後門,與弟子一人宿於郭外,寒愈甚,謂其弟子曰:「子與我衣,我活也;我與子衣,子活也。我國士也。為天下惜死;子不肖人也,不足愛也。子與我子之衣。」弟子曰:「夫不肖人也,又惡能與國士之衣哉?」戎夷太息歎曰:「嗟乎!道其不濟夫。」解衣與弟子,夜半而死,弟子遂活。謂戎夷其能必定一世,則未之識;若夫欲利人之心,不可以加矣。達乎分仁愛之心識也,故能以必死見其義。

新字:戎夷違斉如魯,天大寒而後門,与弟子一人宿於郭外,寒愈甚,謂其弟子曰:「子与我衣,我活也;我与子衣,子活也。我国士也。為天下惜死;子不肖人也,不足愛也。子与我子之衣。」弟子曰:「夫不肖人也,又悪能与国士之衣哉?」戎夷太息歎曰:「嗟乎!道其不済夫。」解衣与弟子,夜半而死,弟子遂活。謂戎夷其能必定一世,則未之識;若夫欲利人之心,不可以加矣。達乎分仁愛之心識也,故能以必死見其義。

書き下し

戎夷、齊を違り魯に如く。天大いに寒くして門に後れ、弟子一人と郭外に宿す。寒さ愈々甚だし。其の弟子に謂いて曰く、「子、我に衣を與うれば、我活きん。我、子に衣を與うれば、子活きん。我は國士なり。天下の為に死を惜しむ。子は不肖の人なり。愛しむに足らざるなり。子、我に子の衣を與えよ。」弟子曰く、「夫れ不肖の人や、又惡くんぞ能く國士の衣を與えんや。」戎夷太息して歎じて曰く、「嗟乎。道其れ濟るあるかな。」衣を解き弟子に與え、夜半にして死し、弟子遂に活く。戎夷の其れ能く必ず一世を定めんと謂わば、則ち未だ之を識らず。夫の人を利せんと欲するの心の若きは、以て加う可からず。分に達し仁愛の心誠なり。故に能く必死を以て其の義を見せり。

現代語訳

戎夷は斉を去って魯へ向かった。ひどく寒い日に城門に間に合わず、弟子一人と城外で野宿した。寒さがいよいよ厳しくなり、弟子に言った、「お前が私に衣を与えれば私は生きる。私がお前に衣を与えればお前が生きる。私は国士だ、天下のために死を惜しむ。お前は取るに足らぬ者で、惜しむに足りない。お前の衣を私に与えよ」。弟子は言った、「取るに足らぬ者が、どうして国士に衣を与えられましょう」。戎夷は大きくため息をついて嘆いた、「ああ、道は行われないのだなあ」。そして衣を脱いで弟子に与え、夜半に死に、弟子はついに生き延びた。戎夷が必ず一世を安定させられたかといえば、それはまだわからない。だが人を利しようとするあの心は、これ以上のものはない。天分に達し、仁愛の心が誠であった。だからこそ必死をもってその義を示せたのである。

解説

戎夷が凍死の危機に、自ら衣を弟子に譲って死ぬ逸話です。要点は、自分は国士だと衣を求めながら、弟子に拒まれるや一転して衣を与え、命を捨てて仁愛を貫いた点にあります。背景に、生死を天分と受けとめる境地と、他者を生かそうとする誠の心が置かれています。世を治める能力があったかは不明でも、人を利する心の極致だと評される点が印象的です。理屈より、いざというときの行いに人の真価が表れるという教えは、利他や自己犠牲の意味を問う現代にも重く響きます。

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