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呂氏春秋 / 長利①

天下之士也者,慮天下之長利,而固處之以身若也:利雖倍於今,而不便於後,弗為也;安雖長久,而以私其子孫,弗行也。自此觀之,陳無宇之可醜亦重矣,其與伯成子高、周公旦、戎夷也,形雖同,取舍之殊,豈不遠哉?

新字:天下之士也者,慮天下之長利,而固処之以身若也:利雖倍於今,而不便於後,弗為也;安雖長久,而以私其子孫,弗行也。自此観之,陳無宇之可醜亦重矣,其与伯成子高、周公旦、戎夷也,形雖同,取舎之殊,豈不遠哉?

書き下し

天下の士なる者は、天下の長利を慮りて、固く之に處して身を以て若うなり。利、今に倍すと雖も、後に便ならざれば、為さざるなり。安きこと長久と雖も、以て其の子孫するは、行わざるなり。此に自りて之を觀れば、陳無宇の醜づ可きこと亦た重し。其れ伯成子高・周公旦・戎夷に與けるや、形は同じと雖も、取舍の殊なること、豈に遠からずや。

現代語訳

天下の士というものは、天下の長い利益を考えて、しっかりとそこに身を置いて従うものだ。利益が今の何倍になろうとも、後々に不都合なら行わない。安泰が長く続こうとも、それによって自分の子孫だけを利するなら行わない。この観点から見ると、陳無宇の恥ずべきことはまた重い。彼を伯成子高・周公旦・戎夷と比べると、姿かたちは同じでも、取捨選択の違いはなんとかけ離れていることか。

解説

篇の総論にあたる段で、真の「士」の基準を示します。要点は、目先の利や一族だけの安泰を退け、天下の長期的な利益を基準に身を処するのが士だという点です。背景に、私利をむさぼった斉の大夫陳無宇と、地位を譲った伯成子高らを対比する構図があります。短期の利得と長期・全体の利益を秤にかける姿勢は、持続可能性や公益を重んじる現代の意思決定にも通じます。同じ立場でも何を選ぶかで人格が分かれるという指摘は、価値観の重みを教えてくれます。

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