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呂氏春秋 / 用民⑤

闔廬試其民於五湖,劍皆加於肩,地流血幾不可止;句踐試其民於寑宮,民爭入水火,死者千餘矣,遽擊金而卻之;賞罰有充也。莫邪不為勇者興懼者變,勇者以工,懼者以拙,能與不能也。

新字:闔廬試其民於五湖,剣皆加於肩,地流血幾不可止;句践試其民於寑宮,民争入水火,死者千余矣,遽擊金而卻之;賞罰有充也。莫邪不為勇者興懼者変,勇者以工,懼者以拙,能与不能也。

書き下し

闔廬の其の民を五湖に試みるや、劍皆肩に加わり、地に血を流すも、幾んど止む可からず。句踐の其の民を寑宮に試みるや、民爭いて水火に入り、死する者千餘。遽かに金を撃ちて之を卻く。賞罰、充有ればなり。莫邪は勇者と懼者との為に變ぜず。勇者は以て工みに、懼者は以て拙なるは、能と不能となり。

現代語訳

闔廬が五湖のほとりで民を試したとき、兵たちは剣を肩にかけ合い、地に血を流してもほとんど止まらなかった。越の句践が寝宮で民を試したとき、民は争って水火の中に飛び込み、死ぬ者が千人あまりに及んだ。あわてて鉦を鳴らして退かせたほどである。これは賞罰に実質があったからだ。名剣の莫邪は、勇者のためにも臆病者のためにも姿を変えない。勇者が巧みに使い、臆病者が拙く使うのは、使い手の能・不能の違いによるのである。

解説

この段は、闔廬と句践が民を試すと死をも恐れず従った例で、賞罰の実質がもたらす統率力を示します。要点は、名剣莫邪が使い手によって働きを変えるように、同じ民でも用いる為政者の力量次第で成果が変わる、という点です。背景には、賞罰を徹底して民の信頼を得た呉・越の富国強兵があります。道具(民や制度)は中立で、それを活かすも殺すも使い手の能力次第だと論じます。現代でも、同じ人材や仕組みでも、リーダーの手腕で発揮される力は大きく変わります。責任を道具でなく使い手に帰す視点を教えてくれます。

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